第33章 Carmine tears
「……おいで、【獣の奏者】」
私が呟くと同時に、それか、もしかしたら獣の方が若干
顕現が早かったかもしれない。
異能力特有の淡い碧色の光と文字帯を纏って、獣が地面に着地する。
「……急いで本部に戻ります。済みませんが、飛ばしてください」
菜穂子の言葉に、獣がふんと目的地に鼻を向けた。
……障害物及び、接敵、目立った大きな炎無し。
それだけ確認した獣のその鋭い瞳が、菜穂子を見遣る。
中也の鞄をかかえ、その背にまたがり錫杖を虚空から出した。
ジャラ、と鎖が鳴子のように音を掻き立てる。
「途中で中原幹部の車を追い越すでしょうが、そのまま疾って」
【Wo––––––oooo……––––!】
高く高く獣が咆哮をあげて、民家の屋根へと跳び移った。
そして尻尾がふるりと揺らぎ、走り出す。
「…………」
三島幹部は、最初からこうなる事を考えていて、
結果的に、『そう』落ち着いた。
……けれど。
今回のこの一件で、三島幹部の
特A級危険異能力者としての制約は、一層厳しくなってしまうはずだ。
何せ、内務省にも司法省にも無断で
ここまでの異能干渉規模にしてしまったのだから。
あの方にこれより待っているのは、
今までよりももっと厳守されるべき細かすぎる行動制限……
だって、特A級危険異能力者というのは……
元来、機関銃を構えた護衛に囲まれる牢での生活を強いられるような身分。
だからこそ、無断の特A級危険異能者による異能力の行使は
叛逆の兆候及び危険分子として、特務課の庇護下、
そして保護下で隔離されてしまっても当然のこと。
(––––––……そう。普通なら、そうなってしまう)
本来なら、の話だ。
『……あ。そうだ、上橋。
一つ頼みごとをされてもいいかな』
本来なら。
それは、3日前のこと。
まだこの街に来る前、否、来る途中の車内でかわした言葉。