第32章 Vermilion Bullet ……II
十数分前––––
「国木田、こっちは終わったよー」
「はい、こちらも終わりました。
これで何とか、向こうの火災に巻き込まれることはないでしょう」
乱歩が体育館の二階から降りてきて、国木田が立ち上がる。
「……与謝野女医と、太宰が行った
向こうの火災の中心地がどうにも気になりますね」
「嗚呼……そうだねぇ……あっちは燃え広がるのが早い。
真冬の仕掛けた鎮火剤は作動してるっぽいけど、火力がね」
乱歩がその翠色の双眸を、体育館の窓ガラス越しに
燃え盛る街に向けた。
「……地獄……みたいだね」
国木田の眼鏡にも、燃えゆく街並みの赤色が反射していた。
そこへ––––––
「乱歩、独歩、こっちだ」
またしても慣れた声、しかし与謝野女医ではないその声にバッと振り向いた。
白い着物が煤に汚れ、紺色の袴は市民の止血に使ったのか端がほころびている。
麗しいその貌に、炎の炎熱で血が付いていた。
「真冬っ」
「真冬!」
急いで駆け寄って、その腕の中の市民を受け取る。
「あるじ殿は、ここに?」
「うん、あと与謝野女医と新人も来た。
探偵社のみんなは全員無事だよ」
乱歩はこの現状でも、新人の名を伏せることを忘れていなかった。
そうか、と安堵したように煤を落とした真冬の服をぱんぱんとはたいてやる。
「乱歩、この場は任せていいかや」
「……!」
乱歩が目を丸くした。
つまり、この広大な市民体育館を乱歩に任せるということに。
真冬の双眸が、絶対の信頼を向けてくる。
そのことに、押し黙った乱歩の顔がニッと不敵な笑みに染まった。
「まっっっかせなよ!僕なら出来る!
そう信じてるから、僕にそう言ったんだろ?
ならやるしかないっ!」
ふ、と成長した我が子を見るかのような慈愛的な真冬の笑み。
国木田が頷き、真冬とともに炎の街へと駆けてゆく。
真冬の背には、格納庫から取り出した大きめの鞄が背負われていた……