第29章 La Vierge…III
(凄い臭い……)
トン、と【獣の奏者】で顕現した獣から降りて、
菜穂子が口元を覆う。
ガソリンの濃い臭いと、炎の臭いだ。
逃げる人に時折 避難場所を指示しながら、
黒煙の上がる方へと歩く。
背後から着いてくる【獣の奏者】が
時折 毛並みにつく灰を払い除ける。
市民の皆が、その巨躯の獣を避けるように逃げ惑っていた。
軍警が目立つ所にいた。
彼も市民を誘導することで手一杯のようだ。
「済みません、何があったんですか?」
「嗚呼……お嬢さん、さっさと逃げた方がいいよ!
車が突然 爆発したんだ!」
その顔は青い。
自分も逃げたい、自分一人でなんてどうにもならない、
そういう諦めと葛藤の顔色。
(……あれ……この人)
この前 ポートマフィアが誘拐した、
バージンキラーに襲撃れたあの軍警と同じ部署の人……じゃないですか。
「あの。間違ってたら済みません。
もしかして、バージンキラーに襲われた方の二人組の方ですか」
「 ! お嬢さん、その男知ってるの!?
そいつがどこにいるかしらない!?」
がしっと痛いくらいに両肩を掴まれ、凄い気迫で迫られた。
怖いし、痛いし、何よりこの焦り具合は一体……
「済みません、離してください」
「あっ……も、申し訳有りません!」
自分の後ろにいる【獣の奏者】が牙を剥いている。
待て、と手で制して軍警に向き直った。
「あいつ––––バージンキラーに襲われて警察病院に搬送されたのに……」
「仮に、彼が死亡したとすれば口封じにはなりますね」
菜穂子が灰の舞う空を見上た。
時刻はそろそろ正午を迎える頃。
そろそろマフィアの方に戻らないと––––
「そんな……根拠もなく誰に殺されたと言うのですか!?」
この、彼は。
そう思った瞬間に、赤い色が舞い散った。