第29章 La Vierge…III
「……へえ。武装探偵社、ですか」
前を行く少女は振り向かない。
ユウというあの偽名を、呼ぼうという気には……
何故かならなかった。
「……そう。そう、なのですね。
ヨコハマの秩序を守る者。
私とは真反対の立場にいながら、このように話していていいのですか」
知っているようで知らない目。
少女の年相応に輝いていても良い瞳は、
何かだけをずっと渇望し、それが手に入らないことを知っている。
何年も、何年もずっと、何かだけを。
「ユウ」
「何でしょう」
少女は振り向かない。
あと数歩だけ歩いて、すっとこちらを振り返った。
「貴様は––––……」
自分の『普通』を、自分の価値観にしてはいけない。
自分の普通は、他人にとっては異様かもしれない。
「……? あの。
何もないのなら、このまま進みますが。
別に、背後から討(撃)ったりなんてしませんから」
少女は笑わずに、前を行く。
微笑むことを知らないみたいな瞳。
あの暗殺者の彼女は言っていた。
笑えと。
自分と同じ黒い瞳を、涙で濡らすことは許さないと。
笑った顔の方が、かわいいからと。
ユウは迷わずに前を行く。
足取りに躊躇はない。
あの彼女がしていたように。
「…………」
国木田の、稲穂のように綺麗な金髪が揺らいだ。
その琥珀の目が、私を見ている。
「……お前は」
言いかけた、そして その言葉が
最後まで紡がれることはなく……
ずん、と街が大きく響くように振動した。