第29章 La Vierge…III
「……妾の座右の銘を知ッてるよねェ?由紀なら」
与謝野の浮かべた笑みは諦めないという医師の強さ。
医師が誇る意思、そこに在る命を、守ると言うことのみ。
「勿論。 『命を大事にしない人は––––……」
「……ブッ殺す』」
諦めはなくても、呆れはあった。
自分で言ったのに、与謝野女医は乗り気で笑う。
不敵な笑みを浮かべて
由紀の澱んだ紺色の瞳をまっすぐに見据えた。
由紀の目は、出来るだろう?と問いかける。
医者として、出来ないなんて 言えるわけがないだろ。
「フ、やッて見せようじゃアないか」
「ありがとう。 初診料は?」
与謝野女医の【君死給勿】には制限がある。
制限下の中、しかもたぶんその時
街中は彼の夢の中で、街を歩けば倒れて眠りこける人々が転がっているのだろう。
「要らないよ、顔馴染みの出血大サービスッてやつさ。
それよか初診料よりは人件費さねェ」
与謝野女医の浮かべた笑みは、人の悪い笑み。
由紀の財力ならば
あそこからあそこまで全部買う、という夢のような台詞も
悩むなら店ごと買おうか?という台詞も言えるのだ。
しかし与謝野女医が望むのは、そんな下卑た下品な望みではない。
「……もし、由紀に時間があるンならさ、
この街の一件が済んだら……」
二人でどこかを歩く夢を
見てもいいかな。
「済んだら?」
「……二人で、どこか、静かなところに
行きたいな……ッて思ってさ」