第29章 La Vierge…III
「それで……晶、質問なんだけれど……
出来るか出来ないかで答えてほしいかな」
「え?うん」
彼の言葉の響きの奥底にあるのは、確信と覚悟だ。
何とかしないといけない。
この街の現状を、惨状を、何とか。
なんとかって。
「……僕の異能でこの街を覆い尽くして、市民が皆 眠ったとしよう。
当然、一気に見る夢が増えるのだから、僕が責任持って摂取しなければいけない。
と言うことは、僕も眠ってしまうことになるだろう?」
「あァ……そうだね」
与謝野女医は真剣だ。
医者として、その話を見聞し検分する。
一歩 違えば彼は夢の中をずっと彷徨い歩き、
市民の大半が夢から出てこれなくなってしまう。
「……けれど、僕はそこで脱落する訳にはいかない。
となると、取り敢えず 市民の皆を、
夢から覚めさせてしまう訳にもいかない」
「手段は一つ、この街丸ごと一つを 数時間 、ずーっと眠らせないといけない……ねェ」
なんて荒唐無稽で、骨の折れる作業で、力技なのだろう。
たとえ異能でも、"そう在ること"という自然現象に過ぎないのに。
「……ま、それはなんとかなるのだけど」
「え、なんとかなるのかィ?」
「うん。市民の30万人程度は。それに、そのくらい出来なきゃ名折れだしね」
スケールが違う、モラルも違う。
まず数の単位も違ければ、彼らの普通も違かった。
「……晶は、大規模な異能力を行使した後の
ぼろぼろになった、残滓みたいな僕を
取り敢えず……そうだな、そのあと3時間くらいは、
まともに歩けるように応急処置することが出来るかな」
「……燃え尽きる気?」
「まさか。 悲しい別れなんて、大嫌いだよ? 僕」
与謝野女医の えんじ色をした瞳が、彼を強く非難するかのように睨む。