第4章 静謐に佇む
「……ふ。
懐かしいな。 何年前だ?」
「えー?
うん、6、7年前だね。
私が前首領の幹部組のときの頃だから……」
赤紫色のワインが傾けられて、真綿の細くて白い喉に吸い込まれてゆく。
「で、4、5年くらい前に、彼らが来たんだよね」
「…ん、嗚呼… 治と中也のことか。」
くつくつと二人は、その肩を揺らして笑う。
懐かしい友人同士のように。
7年という 片時も離れぬ時間が重ねられ
真綿は、今の現状を悪いものだとは捉えていない。
「拾って来たのは貴様だろうよ、森殿?」
「うん、だって太宰君のあの【人間失格】は、全異能者の脅威だ。
私とて異能者の一端。
こちら側に持っておいて、不利な事はないだろう?」
嗚呼…つくづく、どこまでも合理主義者よな。
戦力になるのなら、敵とて利用する。
少しでも不穏が芽吹けば、その因子を摘むのは、真綿の役目。
「…ふむん。ま、あの異能無効化は、の。」
治の異能力は、分類的には 『対異能者』 異能力。
正確には反異能力と 異能特務課が定めているのだがな……
この世の異能力の中で、最も忌み嫌われているのは、
『精神性に干渉する異能力』。
所謂、異能力によって人間の精神を食むものだ。
自殺に追い込む、喜怒哀楽を操る…など
物理法則に囚われない、固有の性質。
人間の記憶の根底から恐怖という精神を無理やり引っ張り出すことも可能な異能力……
特A級危険異能者とはまた"危険"の意味合いが違うのだが……
「うん、こうして過去に浸る夜もいいものだ。」
そう言った森の言葉に
真綿がふっと笑う。
そして、ワインを傾けた。
「人間の脳に出来ることなど限られているさね。
せいぜい出来て、2つだろうさ。
視野が狭い代わりに細かく覚えているか、
広く見る代わりに一枚の絵として認識するか。
どちらにしろ脳に『確実』だなんてものはあり得ない。
記録されるたびに、事細かく上書きされる何かがある。」
真綿の言い分を静かに聞いていた彼が
あれ、と言う。
「それ、前、太宰君にも説かれた気がする。
真綿君の受け売りだったのか」