第29章 La Vierge…III
「由紀っ」
「来てくれてありがとう、晶」
ぱたぱたと、目的のものを見つけた捕食者が
一直線に駆けてくる。
三島が 与謝野女医の手を取った。
す、と口付けをするように彼女の手を自分へと持って行く。
……口付けは、しないが。
「久しぶりだね。こんな所で会えて嬉しいよ」
「ウン––––、あ、そっちの人が由紀の同僚かィ?」
与謝野女医が目を向けた先、帽子を被り 黒外套を羽織った
中也がいたが、この二人の会話に入る気は無い。
「ううん……、なんて名乗ろうかな。彼の名、偽名で良いかい?」
「あはは、と言うか、妾や由紀も偽名じゃなかッた?」
それもそうだね、と三島が苦笑して、言う。
「……クロ」
「犬かっ!!」
中也がキレたっぽいが、三島がまあまあ、と曖昧な苦笑でごまかす。
その笑みが気に入らないのか、中也がフンとそっぽ向いた。
「で、由紀……妾に何の用だィ?治療?でも、由紀の傷は……」
「うん、これは傷そのものに死亡判定が出ているからね。
不治の傷というか、もう死んでいるというか……
まあ、因果逆転なんて大それたものだから。
仕方ないよね」
彼の言葉に与謝野女医が、ふぅん、と吐息した。
「妾は、いつか治す方法見つけてやるけどね」
「それは頼もしい」
戯けるように笑った彼、その紺碧の瞳に希望はない。
一縷の望みとて、望んでいない目だ。
信じていると言いながら信じない人のような、
すぐに帰ると言ったのに帰ってこない事が前提の人のような
そんな諦観の色。
「僕の異能力は知っているだろう?」
「あァ、うん。 精神支配系の異能ッてことと
由紀の夢に招待されること……否、由紀が勝手に夢を歩くのか」
人聞き悪いなぁ、と三島が くすくす笑う。
楽しそうだ。
久しく、こいつのこんな顔は見ていない気がした。
中也が辺りを警戒しながら欠伸をかみ殺す。