第28章 La Vierge…II
このまま、街を放ってしまうことだって選べた。
一つの国の、一つの県の中にある、小さな街。
でも、ヨコハマの治安を守り維持するのが、武装探偵社の存在意義だから。
放りだすわけにはいかない。
"なんとかならないのか"
"どうにかしろ"
"進軍の邪魔だ。一夜で片付けて来い"
鬩ぎたてる。
そんなこと、判っている。
言われなくても、言われ続けて来た。
福沢殿より、森殿よりも前に 仕えていたあるじ殿は
それはそれは暴虐の限りを尽くし、傲岸不遜で天上天下唯我独尊という人だった。
まあ、前の前のあるじ殿の場合は、まず謙虚第一の日本人ではないのだから 仕方ないかもしれないが……
「まったく……あやつは、妾がいないと てんで駄目な奴よなぁ」
バタン、と真冬がキャリーケースのような鞄を閉じてふと外を見る。
ばたばたと 高所に吹き付ける独特のビル風が
真冬の白い着物の裾を激しく揺らめかす。
眼下のこの街は 昼間の活気を取り戻し、子供は笑っている。
見ただけでも男が少ないのは判ってしまうものの……
「説却––––…… もう少し、念入りに下準備をしておかねばな」
その 澱んだ黒瞳は、街を見渡す。
びゅっと 一際強い風が吹いたとき、
トンと真冬は軽やかにビルから飛び降りた。