第27章 La Vierge…I
「上橋は……もし、一つだけ願いが叶うのなら
何を願うんだい?」
ちょうど 七夕の話題だったのだから、と三島幹部が笑う。
その穏やかな笑みが、まだ近くにいることが嬉しかった。
それなのに、私の願うことなど––––
「私は……色々な世界を、見に行きたいです」
「世界中を旅したい、とかそういう事かな?」
きっと誰もが夢見て、叶えられない範疇だと 諦めてしまうであろうもの。
「……三島幹部に……あの日、
人身売買のオークションで助けられた日から……
私の世界は、三島幹部でした」
笑う事なく、素直の塊の瞳でそういう菜穂子に
話題を逸らすだけの誤魔化しは効かない。
大抵の物事は それとなく躱したりしているものの、今の三島はそれは悪手だと判っていた。
「……うーん、そう真っ向に言われると照れるね。
昔の自分の危うさが身に沁みるようだよ……」
「そんな事……ないです。
もし、あの場で射殺されていたのなら……今の私は、ここには居りません。」
–––– 数年前。
その時代の幹部三名と、首領と、あの暗殺者の彼女と
私は出会った。
「だから、いつか……三島幹部と御一緒にどこまでも
御身が地獄に落ちたとしても
着いて行きたいと願うことは……良いな、と。」
そう、憚ることなく真っ直ぐ自分に好意を伝えてくる上橋は
どこか吹っ切れていて
あの日の、震えていた手で掴まれた事が遠い昔のようだった。
「いつもの君なら、顔を染めてしまいそうな文句だと思うのだけれど。
免疫ついた?」
要らない免疫だよ、それは。と、三島幹部がひらりと手を振った。