第3章 汚く濁っても
「そう…さな……」
ゆっくりと息を吐いた真綿。
慈しむように、かつてあった
偽物の指輪を愛でるように目を細めた。
「濃い…が一番の適語かや。
色々あった。
一年というのは、敵同士であっても苦楽を共にするのには長い。
ま、彼奴は最後にこの妾の糸で殺られるなどとは思わなかっただろうがね」
クッと意地悪げに笑った真綿の瞳は、好戦的な瞳。
何かを奪い、何かを蹂躙することに慣れた笑みでもあり––––
されることに慣れた笑みだ。
慈悲とは、一方的に与えるものだ。
恐怖も救済も、一方的に押し付けるもの。
「妾にとって、いや…この職業の人間にとっては
偽装結婚など、これから先何度でもさせられるのであろうよ。」
暗殺者は、特別な人を作ってはいけない。
その刃を鈍らせてはいけない。
「…そうかよ」
中也が、自嘲気味に笑う 目の前の師匠を見た。
華奢な体躯。
長い黒髪。
先ほどのような光を失くした、理性的な瞳。
真綿の『特別』になりたいと望んだ人間は、さぞかし沢山いたのだろう。
手に入らないこの華を、無理にでも折ろうとした人間もいただろう。
それでも真綿が、ウチの首領に その忠義を貫いているのは……
(ハ、さしずめあの太宰の野郎の呪縛か…)