第2章 静謐なる暗殺者
『花房真綿が一年の任務から帰って来た。』
それは、瞬く間に地下に広がるマフィアのアジト中に広まった。
マフィアの古参ならば、真綿が行った任務が
どのようなものだったのかを知っているが……
今年配属なりされた新参は、幹部である真綿という存在を知ってはいるものの、
なぜ一年も幹部の席を外していたのかは詳しくは知らない状況。
花房真綿、その界隈では
色々な意味合い含めて有名であり、隠されている存在。
「…なぁ、あのお人……花房幹部だ」
「初めて直で見えた…」
「確か、一キロ先に落ちた針の音も判るとか……」
「まじかよ…」
嘘八百、根も葉もない噂は
耳の良い真綿にとっては騒音と同じだった。
マフィアの下級構成員たちの下馬評は、どこか人間臭い。
「花房幹部! よくご無事で。お帰りなさいませ。」
「お帰りなさいませ。」
一方で、真綿という人物を知る者は我先と挨拶へ駆けてくる。
真綿の隣に控える太宰に牽制の目線を向けられながらも、次々と頭を下げてくる。
この人たちは媚びを売っている。
真綿はそれを若干鼻で笑って、「嗚呼」とだけ返した。
ああいう、目に見えて下品な挨拶は気に入らないと太宰が呟いた。
「そうだな。 しかしあれが人間の本質だ」
足音を消して歩く真綿。職業癖だ。
「…なあ、治」
「うん? なんだい?」
二人は目線を合わせない、互いに進み、歩き続ける。
「…人数が減ったか?」
「あー……、竜頭抗争があったでしょう。
否、でしょうっていうか、居なかったけどね?真綿は。
それで少し削れちゃった」
勿論、減った人数分はちゃんと補充したのだろう。
あの首領のことだから。
「ふん…、新人の教官に説教か?アレは」
「あはは、いいんじゃない?アレはちょっとね」
二人して薄く笑いながら、カーペットの上を歩いてゆく。
二人の間に横たわった沈黙は、二人の苦痛にはならない。
久しぶりに訪れた二人きりの静寂は、二人にとっては心地の良いものだった。