第2章 静謐なる暗殺者
「随分と久しぶりだなァ、真綿」
そう言ってこちらへ来た中也が、
まるで呼吸をするが如く自然な流れで、真綿を抱き寄せた。
その小柄な身は、真綿と同じくらいの身長だけれど
中也も男だから、真綿が豹ならば 中也は獅子。
目に見えずとも、芯の通った精神と体幹をしている。
真綿くらいなら、人の 立ち方で汲み取れたりするものだ。
「んむ、一年ぶりさね」
「一年間も、何処の馬の骨とも知らねェ奴の家に居たって…」
中也の判りやすい嫉妬と嫌悪は好ましい。
こういう所は、あの太宰も学ぶべきところであろう。
「嗚呼、それにしても、一年ぶりだと言うのに
貴様は相変わらず愛らしい。」
近付いた中也の頬に、するりと白くて華奢な手を伸ばす真綿。
「そうかよ」
真綿のそんな様子に、中也が若干
不服そうな顔を作りながらも、その手に自らの手を重ねる。
「貴様の美しさは、失われてはならぬよな」
「顔の問題だろ、それ」
中也が苦笑した、その直後に
「あーっ!」と声が後ろから聞こえて来て、二人が振り向いた。
「駄目駄目。
駄目だよ、中也。
私の真綿に触られては。」
幹部会議室から出てきた太宰が、
意味深な空気を作り始めた二人の間にさっと割って入った。
真綿が中也に触れたのが悪いのではない。
真綿に触れられた中也が悪いらしい。
機嫌が斜めになった太宰をチラと一瞥してから
真綿が思い出したかのように口を開く。
「……嗚呼、紅葉。
先の話の続きだがな」
「うむ。」
「やはり、一人は得策ではなかろうて。
中也にはこちらで話を通そう」
敵の規模はおよそ400。
中也の助長があれば 有り難いところだった。
真綿が太宰を横に、中也たちに背を向ける。
「中也、次の任務の話が出来た。
仕事が終われば、妾の部屋に訪れるが良い。
行こうか、治」
「はい。」
歩き出した真綿の横に並ぶ太宰が、一瞬だけ中也を振り向いて
意味の判らないドヤ顔をしてから、去っていった。