第2章 静謐なる暗殺者
「噂など、その身かせいぜい隣くらいでおさめておくが良い。
あの様に 大声で言うものではないだろうよ…」
「まあ、その隣が隣に渡ったら意味薄れちゃうけどね」
「ふ、違いないさね」
太宰の羽織る 黒色の外套が翻る。
真綿の黒い髪は、その華奢な腰周りを煙り、
するすると流れてゆく。
「…髪、伸びたね」
「彼奴が 長いほうが良いと言ったからな」
真綿は暗殺者故に、相手の意向を汲み取る事に重きを置いている。
戦闘面に於いても、臨機応変に対応可能出来るように。
「ねえ、真綿」
「何だ」
横を歩く華奢な真綿。
自分より頭一つ分は小さいだろう。
「名前、呼びたかっただけだよ」
「珍しいではないかよ」
くすくすと笑う真綿の肩が揺れている。
この一年が苦痛だった。
呼んだらそばにいた、それが当たり前だったのだ。
なのに念には念をと あの男の暗殺に一年もかけた。
この一年が苦痛だった。
呼んでも、どこにもその姿は見当たらなかった。
たまにくる定期連絡でも 声を聞くことはままならなかった。
「真綿」
「ん? また呼んだだけか?」
「うん」
「そうかよ。 好きなだけ呼ぶが良い。」
この一年が苦痛だった。
君の名前を呼び続けたのは
私ではなく、あの男なのでしょう?
「真綿」
その名を口にし、キスを落とす。
「真綿」
もう一度。
「真綿…」
もう一度と。
私からのキスの雨を、真綿は慣れた動作で甘受する。
腰に回した手に、力を込めた。
抱き寄せるのは容易かった。
真綿は無抵抗だったから。
「…愛してる」
「そうかや」
手を伸ばせば その身体は、体温は、手に入るのに。
その心は、誰かの暖かさに溶けることはない。