第14章 明くる日の戦士たち
「もー! どこ、行ってたの…?」
桜を眺めながらゆったりとした足取りで福沢邸に戻ってくれば
乱歩が不満そうに、否、拗ねて待っていた。
「ふふ。 面白い乙女に会ってしまってな。それの様子が可愛らしくて、愛でていたのさね。」
華奢な肩を揺らして微笑む真綿の元へと、乱歩が歩いて来る。
「あるじ殿と独歩は?」
「んー、まだ飲んでるんじゃない?」
乱歩の明け透けな物言いに、真綿が息を吐く。
どうでもいいものにはとことん淡白、これが稀代の名探偵だ。
「もう寝る?寝るよね?寝よう?」
早急な様子で乱歩が真綿の手を引っ張る。
細められた彼の翡翠の瞳は、自分の酔いが覚めた途端に
いなくなっていた真綿への恐怖を映し出す。
まるで全てがうたかたの夢だったのではないか、だなんて荒唐無稽。
「もう、吃驚したんだから。
真綿がいなくなってて、久しぶりにあんなに慌てちゃったよ。
ま、僕の【超推理】の前にして、解けない謎はないのだけれど」
【超推理】____江戸川乱歩の保持する異能力。
福沢にもらった眼鏡をかけた時だけ、この世の謎や摂理が解るという滅多なもの。
「その様子だと、随分と妾を探したとみた」
「当たり前でしょ」
乱歩がぐいぐいと真綿の手を引く、そのまま客間へと引っ張り込んだ。
「何も言わないでどっか行かないでよ____ねえ、真綿……」
「乱歩とあるじ殿を裏切る訳がないだろうよ……」
自然と引き合うように二人の唇の合わさる。
三回ほど短くしてから、乱歩が真綿の腰へと腕を回した。
翡翠と黒曜が合わさりあい、ゆっくりと両者の瞳が閉じられる。
互いを味わうように続行した口付けの合間に乱歩が真綿の袴の紐を解き始めた。
「……好きって言ったら、真綿は困るよね…」
「……嗚呼…ま…それは、の」
暗殺者でないのなら、誰か一個人に恋をしてもいいのではないか。
そう思った時は勿論あったとも。
でも、矢ッ張り…… 誰かに固執は、なぜか出来なかった。