第13章 蹌踉めく唇を重ねて
「待っ––––!」
勢いよく身体を起こせば、
事務机に向かっていたもう一人の女性の養護教諭の先生が驚いたように私を振り向いた。
「やだ、だめよいきなり起きちゃ。
……あら、谷崎さん顔色良くなったわね。
良かった」
薄く微笑む先生が、紙に何かを書いている。
でもそこに、この光景に何かが
劇的に足りないような気がして……
「あの……先生? 何か、足りません?」
「え?何かって?」
心にぽっかりと空いた穴
頬に手をやれば、熱くなった体温と沢山流れた涙の跡
「え……?あれ?私ったら……
何が、足りないのかしら…」
「もう、無理しちゃだめ、もう少し横になりなさいな」
はい、と答えた声は、掠れていた。
泣いて何かを乞うた気がする。
ここに誰かがいない気がした。
ほんの些細な気のせいかもしれない。
「ナオミ、もう平気?」
「あぁ、兄様……
もしかして、もう放課ですの?」
「ウン」
ソファに座った私のお兄様が
先生から紙をもらっている。
その横顔がどこか寂しげに見えて……
「……ねえ、兄様…何かありました?
妹、舐めちゃ駄目ですよ?」
横になりながら語りかければ
兄様が苦笑を漏らした。
「うん––––何だか、ね。
とてもいい友人を失くしてしまッた気がするんだ」
そう答えたお兄様は、寂しげに笑った。
落ち込んでいるのに笑顔を維持するのは、それなりに難しい。
ねえ、お兄様……
私には誤魔化せていませんのよ?
「ご友人……ですか。
ナオミも何だか、心の中にあった何かを
すっかり失くしてしまったような気がします」
無意識に指先を唇に運んでいた。
確かに感じた、あの瞬間感じられた体温は
溶けゆくゆきのように淡く消えていた。