第13章 蹌踉めく唇を重ねて
まるで午後の夕闇とともに
緩やかに意識に忍び寄る、穏やかな眠気……
身体を預ければ、すっと意識から夢に溶け込むような、そんな感覚。
「んー……」
小さく唸って、だいぶ痛みの引いたお腹に手をやりながら
ゆっくり起き上がった。
「せんせ……?」
そして、寝覚め直後、弱々しい声で、彼を呼ぶ。
「おや、夢からは醒めてしまったかい?
谷崎さん」
「ええ……」
自分の長めの黒髪をくしけずり、
その静かな足音を感じて顔を上げた。
彼の事務机には、『谷崎ナオミ』と記された早退届が置いてある。
「三島先生」
ミルクティー色のふわりと緩く結われた髪に、紺碧の瞳。
何より目を引くのは……
その儚げな印象を倍加させるかの如く
巻き付けられた膨大な量の包帯だろう。
彼は、この私立学校の養護教諭として最近赴任してきた
今や生徒に人気な先生だ。
規模の大きい学校だと養護教諭は2人いて、あと一人の常勤は女性。
最近何故かこの学校は、新しい先生が増えた気がする。
この前もたしか、何だか怖そうな男の方が
急に復帰してきましたし……
「君が倒れた時に、ちょうど近くにいて良かった」
「あ……、ええ、ご迷惑をかけてしまいまして……済みません」
穏やかに微笑まれた顔に、頬が熱くなり目線を逸らす。
「君たちの言う迷惑は、僕にとって可愛いものだからね。
気にしないでいい」
コップに入った紅茶を渡され、ありがたく頂いた。
三島先生は、この学校に来たその日に
大半の生徒たちと面識を持ったと聞いていた。
教室にいた友達が、新しく来た先生がイケメンだ何だと
恋する乙女のように騒いでいたから。
自分は別に、保健室通いでもないし
特に用がないから「保健室に遊びに来た」というあの子たちみたいなタイプでもない。
「嗚呼……起きられましたか。
お腹、大丈夫そうですか?」
ただ、また友達は出来た。
三島先生と同じタイミングで編入してきた
上橋菜穂子ちゃん。
鳶色の眼をした、表情に乏しい女の子。