第10章 スイートセンチメンタル …3月14日
いつものように、ゆっくりの歩みで。
でも、どこか急ぎながら。
三島の歩調は常に、その時時で横にいる女性に合わせるから
こうして星見をしながら
彼女のところまで一人で歩くのは、久しぶりの事だった。
「ぇあ、三島幹部!?」
「上橋」
何とは無しに夜空を見上げていたら、上橋がこちらへと駆け寄ってきた。
「なんで温室から出てんですか!
その怪我と!明日の!体調に障ります!」
「ん? 僕? 僕は睡眠を必要としないから、いつもならこの時間はひとりなのさ。」
上橋が血相を変えて、なぜか怒りの気を声に込めながら僕に言ってきた。
「僕は体質上、皆よりも寝が浅い。
君たちが眠ることで得るエネルギーは
僕にとっては愛情や夢……なんかも、そうかもだ。」
歩き出した僕の隣を独占する上橋が、顔をこちらへと向けた。
「だからって……」
こんな深夜の寒空の下で呑気なことを言う三島に、菜穂子が息を吐いた。
「確かに、あそこは夢の中みたいですけど…」
彼の身体に羽織られている黒外套のそでが、歩みに合わせて揺れる。
そこから覗いた包帯の巻かれた手に、手を重ねたくなってしまう…
花の楽園に引きこもっているはずの男が、
こうして夜の中にいるのがなんとも不思議で奇妙だった
だってあの温室には、四季も夜もないから。
雪や外の世界の雨を見ている姿は目にしたことあったけど、
こうして星を愛でているのは初めてだった。
「あそこの温室は、夜も星も、月もないからね。
僕のためにそう作られた白昼夢なのだが、
あれはあれでどこか物足りない。」
濁った紺碧の瞳が、白んだ月を映した。
「ずっと引きこもりの身だったけれど、たまにはこうして外の空気を吸わなきゃね」
三島幹部のその言葉に、身体がぞっとした。
24時間365日……あの小さな宝石箱は、真昼なんだ……と。
雨も風も、あそこで作られた偽物。