第10章 スイートセンチメンタル …3月14日
菜穂子は三島の直属部下であり、異能という稀有なものがあるための配属先だった。
菜穂子はこの温室を大層気に入っていて、それなりに訪れ、
三島の顔を見に行っては頬を染める。
永遠の真昼と、永劫の春。
季節の変わり目と、時間の流れのない楽園。
春の暁のように穏やかな空間は、白昼夢のそれと何ら変わりない。
こうして春風の吹く偽物の蒼穹の下にいるだけで
うとうと と頭に眠気の靄が––––
「はい、紅茶」
「…ハッ……!」
甘い穏やかなテノールが聞こえ、眠気が遠のく。
「あ、 ありがとうございます」
金属製の猫脚ガーデンテーブルには、菜穂子が差し入れとして持ってきたケーキと、
三島が毎回、それに合うブレンドをしてくれるハーブティーが置いてあった。
美味しい。
(いつか三島幹部とデー…こほん、
その、お、お供としてあわよくばご一緒に出掛けられたら…
って私!)
三島の大怪我に、外の世界の空気は悪い。
花々が常に光合成をしてくれるこの温室が綺麗すぎるだけかもしれないが。
否、だとしても工業化の進む近代のヨコハマの空気は障る。
「うん、美味しい。
引きこもりの身としては、外界の食べ物を口にする機会は少ないからね」
三島のバイタルは、医者でもある森が常時モニタで管理しているが
栄養価については、真綿が立ち回っていた。
もとより三島もそこまで大食らいではないし、真綿の食事のついでに
身体の調子が良ければ食事を摂る、という感じだったが。