第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
恐る恐る風柱殿の顔を窺うと、その物珍しさに思わず目を見張った。慈しみに溢れた穏やかな表情で俺を見詰めている。鋭さを控えた紫光は引き絞り過ぎた瞳を正常な大きさへ補正しているし、力を込める事を止めた頚から上には青筋の一本だって浮かんでいない。極めつけの衝撃は、緩やかに弧を描く口元だった。
「風柱殿……?」
「俺がテメェとの一晩に何を望んでんのか、知りてェか」
「え……えと…………おはぎを、一緒に食べるとか」
「っはは。まぁ、それも悪くねェ」
「悪くないんだ……」
良く話をするうちに知った彼の秘密の好物、おはぎ。鶯粉や黄粉をまぶしたものより小豆を纏っただけの素朴な拵えが好きだと語る彼の、年相応に自然体だった姿は今でも鮮明に覚えている。
その姿を曝け出してくれたのは、少しでも心を開いてくれたからだと思ったし、他でも無く不死川実弥という男がそうしてくれた事が嬉しくて、想いに応えたくなって、手製のおはぎを振る舞ってみたという経緯もある。閑話休題。
(……)
さて、本当におはぎを一緒に食べるだけの夜で済むなら、風柱殿に無理を言う必要も無い。そもそも柱から直々に呼吸や型を教わる機会など早々訪れないのだから、下手な賭け事に巻き込まれてさえいなければ、願ったり叶ったりな状況であったのに。
「そんな事なら、一晩でも二晩でもお付き合いしますけど」
「んな訳ねェだろ。それくらい俺が誘ったら賭けがなくても付き合え」
「ですよね、分かってましたとも。でも本当に何を望んでるんですか。それさえ無理難題じゃなければ、風柱殿が賭けに勝っても何も言いませんから、教えて下さい」
「……言ったなァ」
急に凄みを増した双眸を目の当たりにして、望みを聞いたら後戻りは出来ないぞと脅された気がした。まんまと誘導されてしまったと気付いても、もう遅い。俺が身体を強張らせると、触れている彼には緊張が如実に伝わるのか、至極愉快そうに嗤っていた。
無遠慮に肩を抱き寄せていた前腕は張りのある血管を太く浮かび上がらせながら、捕食を覚えた大蛇の如く膨らんでいくのだが、力が込められる度に耳元でびきりびきりと筋が鳴っていて恐ろしい。食い付かれる直前の獲物にでもなった気分だ。
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