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日章旗のデューズオフ

第1章 ライナー&ジャン(進撃/104期)



「サシャちゃん、そんなに慌てて食べなくても大丈夫だよ。食べる時間に決まりはないし、ゆっくり噛んで食べてね」
「ふ、ふぁいっ」

ぼくの正面に座るサシャちゃんは口元に掌を翳して、少しはにかみながら頷いてくれる。その矢先に口内に詰まった食べ物の塊をごきゅっと喉を鳴らして嚥下してしまうからお茶目なものだった。しまった、という表情がなんとも可愛らしくて頬が弛む。

「美味しい?」
「あ、あの、は、はいっ、とても!」

ぼくがつい構い過ぎると真っ赤になって俯いて、でも右手でぎこちなく握る箸は白菜の漬け物を離さず摘まみ続けている。裏切らない行動が見ていて飽きない。ちびちびとそれを口に運ぶ姿は小動物を思わせて此方の庇護欲をそそった。

「おい、サシャのやつが骨抜きになるなんてアイツ怖ぇな。相当な人たらしだぜ」
「そういうこと言っちゃダメだよ、ユミル」
「事実だろ。ベルトルさんみたいに優男かと思って油断してればいつの間にか喰われるかもな」
「やめなよ、もう!」

豪快に笑いながら椅子でふんぞり返っているのがユミルで、隣で困ったように窘めているのがクリスタちゃんだ。
余談だけど、初めてユミルを敬称付きで呼んだ時「次に私をちゃん付けで呼んだら殺す」と脅されてしまったので、それきり彼女だけは呼び捨てにしている。弟や同級生すら敬称を付けているのに、ましてや女の子を呼び捨てなんて初めての事だから慣れそうもない。冗談ぽく投げ掛けられた「ユミル様と呼べ」という提案を受け入れた方が精神的には良かったのかも。
自らの屈折した考えは質の悪い冗談として処理しつつ、煎れ立てのお茶を啜って腹に落とし込んでおく。きつめの苦味と渋味がなんとかぼくの気分を落ち着かせた。

「ねえ」

賑やかな喧騒のなかでも凛として響く涼やかな声がぼくを呼ぶ。そちらに顔を向けると僅かに咀嚼しているアニちゃんが空のお茶椀を差し出していた。ご飯のおかわりを求めているようだ。炊飯器にはぼくが一番近いし、家主の許しを得るという意味でも自然な流れだろう。「おかわりだね」と投げ掛けながら受け取れば「悪いね」というあっさりした遠慮が彼女らしい。これがこの子なりの精一杯なのだとわかってからはその不器用さが愛しくなってしまい、涼しい印象はさっさと影を潜めた。
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