第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
「よし……」
続けざまに鈎縄を引き摺り出すと、蟲笛と同様、鉄鈎が遠心するように縄を振り回す。徐々に縄を長く持ち直して飛距離を目測しながら手首を利かせていき、然るべき速度がついたら此方も素早く投げ放った。
草鞋の裏で砂利をぎゅうっと踏み留めて、泥濘の轍を拵えながら駆けた勢いを適度に殺した後、上半身を強く捻って適切な瞬間を見計らう。そうして鉄鈎は、大型の蜂が耳元で羽撃いた時のような恐怖心を煽る風切音を立てながら、猛然と直進していく。
人間が渓流を綱渡りする為には脆弱過ぎる道具だが、横断するものを人に限定しなければ済む話である。即ち、これが捕らえたいものは彼が構える木刀の方。木刀を奪って四半刻の休みを返上させる代わりに、あとふたつほど型を見せて貰う算段だ。
風柱殿は蟲笛のせいで咄嗟の判断が遅れた。上段の構えから振り下ろした切先で、鉄鈎を弾き飛ばそうとする。でもそれこそ俺の思う壺だ。鈎は接触した対象物に逆さの爪をがっちりと引っ掛けて絡め獲る。噫、ほら、風柱殿がしてやられたとばかりに表情を歪めた。
「――……」
軸脚を前へ伸ばして閊えさせ、重心を後方へ移す為に腰を低く落とす。改めて全集中の呼吸を紡いで集中力を高め、肩と背中の筋肉を膨張させながら、唸って軋む縄を強く引っ張った。
その手応えが風柱殿にも伝わったらしい。三白眼を転がして、自らの手首から木刀、鉄鈎、縄、最後に俺と忌々しそうに辿っている。他者に翻弄されるのを嫌う不死川実弥という男なら、必ずや肩肘を張って鹵獲されまいと耐え忍ぶに違いない。こういう時は抗う人だという事を知っている。
とはいえ悲鳴嶼ほどの筋肉量を持たぬ限り、全身に負荷を掛け続けるといった所業は基本的に不可能だ。平均的な肉体である以上は必ず膂力に切れ間が生じるのである。
(……ん?)
その僅かな隙を突いて一気に巻き取る心算だったのだが今回の彼は予想に反して、早々に木刀への執着心を捨てて手放してしまった。正確に言うなら『執着心の拠り所を切り変えた』。
灰色の木々の間隙から颯爽と飛び出し、此方に向かって真っ直ぐに脚を漕いで来た。そして何を血迷ったのか、浅瀬まで迫っても止まることなく突き進んで、白波を掻き分けながら冬の渓流へざぶざぶと入り込んで来たではないか。
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