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日章旗のデューズオフ

第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)



五大流派と呼ばれる基本の呼吸と、派生の呼吸――俺が知る現存の限りは蟲、恋、蛇、霞、そして音――を須らく空蝉に仕込みたいという衝動は今までも無かった訳じゃない。しかし、その度に悲鳴嶼の憔悴する姿を思い出して、欲求が薄らいできたのも事実である。
(……でももう、止まれないよな)
俺が齢十七にもなって主体性を棄てても彼の言い付けを忠実に守っているのは、岩注連という通称が鬼殺隊内で俄かに浸透し始めた時期の出来事が起因しているが……まぁその話は今日という一日を凌いだ後にでも追々話そうか。
「……お!」
然う斯うしている内に風柱殿を発見した。やはりまだ近くに居たみたいだ。渓流を挟んだ向こう岸、立ち並ぶ樹幹の狭間から特徴的な白雪の毛髪と短衣の筒袖羽織が見える。
彼も俺に気付いているらしい。壊滅的に不気味な笑顔を相貌に貼り付けながら木の下風と成って並走していた。木刀を肩の高さで翳す独特な構えで、此方の動向を注意深く探っている様子だ。
高嶺颪に煽られて膨らむ珍しい形の羽織は、数年前に外国で流行ったとされるスペンサージャケットという上着を真似た逸品だとか何とか、前田から聞いた事がある。あの風柱殿に洒落っ気があるとはなぁ。まぁ開襟し過ぎだけど。
(手元が狂ったら傷付けちまうかもしれませんが、すみません!)
睨み合いのさなかで乾いた唇を舐めつつ、背嚢から手早く蟲笛を取り出す。蟲笛とは、筒型の本体に括り付けた縒り紐を握って振り回す事で、腹部分から迫り出した返し状の機構が受けた風と、本体内部を通過した風が共鳴し合い、不可思議で心地好い音を奏でるという代物だ。
子供の遊び道具に成り得たりする何の変哲もない笛だが、こういった場合は敵の注意を引いて陽動に利用出来る。その音色は射て放つ蟆目鏑と響きが近い為、日常……ましてや自然界では異音と認識されるのだ。
振り回し始めて直ぐに風柱殿の耳へ蟲笛の鋭い音が伝わったのか、雪色の髪房を揺らして周囲を警戒し始めた。北叟笑みそうになるのを我慢しながら、互いが居る川岸を直線で結んだ中央辺り目掛けて蟲笛を投擲する。移動した音の正体を目視で捉えようと、彼が顎を上げた。

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