第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
「名前。俺は寝所以外で、君とこうして並び立てている事が堪らなく嬉しい。切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如しを、君と体現出来ている事が嬉しい。命を繋いだ今となっては、こんな当たり前の事で心が熱くなる」
「杏寿郎さん……?」
「復帰に浮き足立っている場合では無かったな。夙く君に言わなければと思っていたのに。名前、俺を鬼殺隊に繋ぎ止めてくれたこと、感謝している。本当にありがとう」
「……なにを、言って」
「一先ずこれ以上は止そう。だが、また必ず君に俺の想いを伝える。それまで、今言った事を心の中で反芻してくれ。煉獄杏寿郎という男の事を考え続けて欲しい」
然り気無く胸元へ添えられた杏寿郎さんの掌は、雪解が成せそうなほど熱かった。度重なる真っ直ぐな言葉を受けて徐々に絆され始めた俺の心を、じんわりと温めて蕩けさせるくせに、絶対に離さないと言わんばかりに粘りつく、妖しい熱。
喉元過ぎれば熱さを忘れるなんて言うけれど、杏寿郎さんはその熱さを忘れるなと言う。煉獄杏寿郎という熱について考え続けろと言う。言われなくても……、そうだ、いまさら杏寿郎さんに俺の事を考え続けろと言われなくても、俺はいつも、いつも貴方のことを考えて、いた。
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便宜的に柱稽古と銘打った鬼事は未だ続く。胸の疼きが拭えぬまま少々強引に杏寿郎さんを振り切って逃げ遂せた後は、滝壺を迂回するように渓流の右岸を駆け抜けていた。流れが緩やかな浅瀬に、傾き始めた陽光が反射する風景は、陰鬱な印象を抱く山中とは一線を画す煌びやかさである。
半刻ほど前に風柱殿の木刀を奪って捨てたのはこの辺りの筈だが、周囲を窺っても現物は見当たらない。やはり疾うに拾われたらしい。しかし観察していくと、半径一丈圏内の砂利は地表から抉れるように吹き飛んでおり、同時に剥がれたであろう土塊は水分をたっぷり含む濃い色味を有している。彼が移動したのは本当に今し方のようだ。
(擦れ違いか……)
さて、先程とは打って変わって意気揚々と風柱殿を探している俺である。何故という点は言を俟たない。怒りの沸点が低い彼なら、ある程度の挑発で簡単に希望を叶えてくれるに違いない。そもそも向こうが始めた鬼事だし、異論は無いよな。
(風の呼吸も、怖いけどきれいだった。早く見たい)
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