• テキストサイズ

日章旗のデューズオフ

第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)



――やはり悲鳴嶼の許可無しに空蝉へ呼吸を仕込みたくないと喚いたところで、はいそうですかと簡単に解放してくれる訳がなかった風柱殿が「どうせ逃げようってんなら俺達を確実に視認し続けなけりゃ命の保証が出来ねぇ状況に此奴を追い込んじまえば良いじゃねぇか」という最悪の発想をしたのが一刻前。
間の悪い事に、三羽の鎹鴉が絶えず頭上を旋回しながら『炎柱復帰』と『稽古参加許可』を声高に告げたもんだから、とうとう喜色を隠せなくなった杏寿郎さんが風柱殿の戯言に賛同してしまった。
『足元が悪い山中は呼吸と下半身を鍛えられる抜群の立地』とか何とか御為倒しを吠えていたっけ。彼の場合は本当に逸早く身体を動かしたかっただけだろうけど。
兎にも角にも最後の砦であった彼が風柱殿を全く引き止めなかったどころか、全力で背中を押してしまったせいで、俺だけが辛酸を舐める二対一の鬼事が行われる事になったのだった。
「……なにはともあれ杏寿郎さんの木刀、一旦奪いましたから。約束通り四半刻休みです。玖ノ型は保留願います」
「了解だ! 決まりは守らねばな! だが、俺が手を出せない間に風の呼吸を全て見てしまわないよう、精進してくれ!」
木刀を遠くに放り投げながら杏寿郎さんを窺うと、彼は快活さを取り戻した満面の笑みで大きく頷き、焔色の猫っ毛をふわふわと揺らしている。そして我儘をさらりと口にした。適当に相槌を打っておこう。真に受けていたら際限がない。
「はぁ……」
理不尽で贅沢な柱稽古が突発的に起きようとした際、慌てて約束事を取り付けて正解だった。木刀を奪われたら四半刻その場で待機すること……たった一箇条だけだが、先程から随分助けられている。今この瞬間に風柱殿が斬り込んで来ないのは、これのお陰だった。
とはいえ彼は雅号に恥じない脚の速い御方だから、能率が悪いと直ぐに居場所を突き止められて、元の木阿弥になりかねない。ひとところに長居するなど言語道断。彼が本気で俺の命を保証しないのなら、態勢を立て直す必要がある。
「では、また」
「名前」
しかし、杏寿郎さんへ軽い会釈を済ませて踵を返したのも束の間、肘を掴まれて引き留められた。発言的に俺の足を引っ張る真似はしないと思い込んでいたばかりに、つい瞠目結舌して振り返る。また顔の距離が近い。

/ 176ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp