第8章 【伍】実弥&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
「避けられてしまうとは! よもやよもやだ!」
「避けなきゃ、大怪我でしたよ……! ッはぁ」
中途半端に首元へぶら下がった装飾品を剥ぎ取り、腰ベルトに通してある中型程度の背嚢へ仕舞い込む。代わりに取り出すのは目眩し用の煙幕玉。砂糖を主原料にした人体に無害な代物だが、他原料の出処から製法まで須らく非公開の特製丸薬だ。
(……今の型、さっき『見せられた』型とまた違う型だな。どんどん空蝉に仕込んじまって、まぁ)
俺が舌を打つ間に次の型の予備動作に入った杏寿郎さんの足元へ煙幕玉を叩き付ける。「む!」と剽軽な声を上げた彼は、もうもうと立ち昇る白煙を警戒して構えを解き、すかさず鼻口を肘の内側で覆っていた。
狩る側が躊躇っても狩られる側は躊躇わない。まぁ、肺が悪い杏寿郎さんに有効な手段をとって罪悪感が湧かないと言ったら嘘になる。姑息だと謗られても致し方ない所業を働いちまったのは確かなので、落ち着いたら誠心誠意、謝ろう。
(とにかく今はッ……――)
辺りを覆い尽くす煙を切り裂くように手刀を振り下ろして杏寿郎さんの手首を強かに打つ。これだけで得物を取り落とすとは思っていないから、同時にそれ自体も強引に奪いにいく。ここに来て脳筋な力任せだ。
「……うむ! 些か強行的だが、良くやった!」
「ッも、もう、止めませんか!? 疲れましたがッ!」
「これしきの事で音を上げるなど笑止千万! 君にはまだまだ骨を折ってもらうぞ! 不死川と俺、どちらがより多くの型を見せる事が出来るかで賭けをしている! 負けられないッ!」
「か、賭けぇ……?」
「当初、勝者は君の美味い飯を独り占め出来るのはどうだと提案したが、不死川からくだらないと却下されてな! 話し合いの結果、君を一晩好きに出来る権利を得られる事で同意した!」
それって一晩中、稽古に付き合わせて敝衣破帽が如くボロボロにする権利って意味じゃないのか。少なくとも風柱殿は確実にそうだ。あの人に部下を安んじる心が無い事は経験済みだからな。
溜め息を吐きながら燻っている煙幕玉を踏み付けて火薬を潰すと、晴れてゆく硝煙の向こうに凛々しい面貌が現れる。朝から何だかんだと慌ただしかったから、やっとまともに彼の顔を見た気がするが、精力を迸らせた表情に鼻白んだ。
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