第1章 ライナー&ジャン(進撃/104期)
「うるせえ! 俺は規律を破ったことになるんだぞ! 責務を果たさなかったのはコイツが昼過ぎに起きてくることになってたからだ。それなのに当人が此処に居ちまえば俺が唯一の責務まで無視するような怠け者みてえになっちまうだろ!」
「ちょっと落ち着けよ、ジャン……! 状況は明らかだ、誰もお前を責めるわけないだろっ」
「責める責めないの話じゃねえ、コイツに気使われた時点で俺は俺を許せなくなるんだよ……自然と目が覚めたたあ泣かせるじゃねえか、おい!」
噛み付かんばかりに吠えられれば、歳上の立場も忘れて竦み上がる。誰かに怒りをぶつけられるなんて久しぶりで、内臓が切なく縮み上がる情けない感覚は何時ぶりだろう。やんちゃな同級生に絡まれる事はたびたびあったが、肝が冷えるほど正面から咆哮された事はない。感情を受け止めるってこんなにも体力の要ることなんだな。
肩を戦慄かせてぼくを睨み上げるジャンくんは、白くなるまで唇を噛み締めたあとに視線をちらりと横にずらした瞬間、何故かハッとした表情をしてから弾かれたように姿勢を正した。
視線を辿って振り返った先にはライナーくんしか居なかったが、きっと彼が原因で間違いない。その表情は先程と打って代わって至極楽しそうなものだったからだ。大人びた男らしい顔付きを年相応に綻ばせながらジャンくんを見下ろしている。もういちど聡明な子の方を見遣れば、理由は知れないけれど顔が真っ青だった。
今朝も思ったが、ライナーくんは急に悪戯心のスイッチが入るようだ。それは本来の彼が持つ加虐的な性分が由来なのだろうけれど、果たして切っ掛けは何であれ、いつだって絶妙なタイミングで切り替わる。名を呼んで気を引くと、蜂蜜の飴玉を転がしてぼくを見て、また笑みを変えた。妙に艶をもったものにも見えるし無邪気にも見える。人様はこれをどう形容するっけ。
置いてけぼりのマルコくんと顔を見合わせていれば、ライナーくんには横から頭髪を良い様に掻き回され、ジャンくんには前から左腕をがっしりと掴まれた。ライナーくんはまだしもジャンくんはどうして突然しおらしくなったの。