第5章 【弐】宇髄&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
だからこそ炎柱殿の反応が悪い事に気付けなかった。怒りの濃度が増している事にも、空気中の酸素を抉り取るように使い果たしながら更なる気魄を燃やし続けている事にも。普段の闊達な姿からは想像もつかないような淀みに浸かった声は、俺を雁字搦めにして離さない。
「…………宇髄に、閨の作法を聞いていた? 俺には君が組み敷かれているように見えるが、女方の作法を知ってどうする」
「ッ今は、えぇと、悪い例を教えて頂いていて……相手の不快感と恐怖を、想像しやすくする、為に、わざわざ実践して頂いて、ました、です……」
「成程。ところで君は先程、髪を切る為に鋏と櫛を持ち出すと言って俺の元から離れたと記憶している。俺との約束を反故にするつもりなのか」
「…………申し訳……ございませんでした……」
そうだった……散髪。鋏と櫛。あー……涙出そう。望み薄の余り、同じ立場に置かれている天元をついつい見上げると、奴は呆れた表情で蘇芳色の睨みを差し向けてきた。そして盛大な溜め息を俺の唇に吹き掛けてから胡乱げに身体を起こし、様になる仕草で自らの頭髪を掻き上げる。
「ったく。いくら見ろと言っても聞きやしなかった癖によ」
「うるせぇな……」
「あとな、手前に気の有る奴の前で一番使っちゃならねぇ言い訳使う莫迦がどこに居ンだよ。今回ばかりは俺に非があるから煉獄に弁明しといてやるが、次からは『お兄様』って呼ばねぇ限り助太刀はナシだ」
「はぁ? そもそもお前が撒いた種だろ。名指しで説明させられてなきゃ事態を終息させるべきはお前の役目だった。四の五の言ってねぇで早く説明してこいよ」
「減らず口ばっか叩きやがって、また派手に押し倒してやろうか糞餓鬼」
太い青筋を泡立たせながら頬を引き攣らせた天元は、俺の臀部を思い切り蹴り飛ばした。待って炎柱殿見ましたか今のこそ暴力として咎めるべきでは。
腰の深部へ響く地味な痛みに悶え、身体を俯せに返しつつ呻く俺を尻目に、奴は涼しい顔で炎柱殿へ足先を向けた。腹立たしい事この上ないが、何はともあれ、これで少しは情状酌量の余地が生まれるだろうか。斬首だけは嫌だからな。
第弐話 終わり