第5章 【弐】宇髄&煉獄(鬼滅/最強最弱な隊士)
「痛ってぇなァッ!」
「お前が革帯から手を離せば良いんだよ莫迦野郎が」
「あぁッ? いい加減にしろよ、無視してごめんなさいくらい言えねぇのかッ!」
「そんな事言うくらいなら死んだ方がマシだ」
「こいつ……ッ」
色々な意味で拮抗する攻防に痺れを切らした天元は、とうとう容赦無く足払いを仕掛けて俺を斜め後方に引き倒した。意識が向かいにくい死角――体幹が一番危ぶまれる踏ん張りが効かない方向――を、経験と本能で理解している様子は腐っても手練だった。
まともに受け身が取れないまま背を強かに打ってしまい、息が詰まって油断したところを天元の巨躯が覆い被さってくる。体格差にものを云わせて燈芯草の香る畳に組み敷く構図だが、下が妓女なら絵にもなったろうに、野郎同士の絡み合いなんざ心底吐き気がする。
手首は頭上で纏められ、下半身の関節は天元の体重で圧迫されている為に抜け出す事は難しい。勿論それは正攻法を行使しようといった場合の話であって、血を見て構わないなら鬼の数ほど方法がある。それが分かっていて実行に移さないのは、俺が現役の鬼殺隊士だからに他ならない。
「退け」
「っは。嫌だっつったらどうするよ」
兎にも角にも先ずは恫喝してみるが……まぁ、期待はしていなかった。天元は鼻で嗤ったのちに身体を僅かに前傾させ、自身の右腕に体重を移す。身を捩る、腕を振り払う、そういった月並みな抵抗を阻害せんとする小賢しい所業に、自然と眉宇が引き攣った。
そのうえ何が業腹かといえば必然的に近付く、宇髄天元という存在そのものである。それでなくとも肌が重なる箇所から体温が伝播して鬱陶しいのに、近付いた分だけ熱の密度がグッと増して息が詰まってきた。
「……おら。やっとお兄様の顔が拝めたろ、名前」
殊更に影を深める蠱惑的な微笑み。その中で有っても爛々と光る蘇芳色の隻眼が俺を射抜いて離さない。傲岸不遜な発言を引き立たせる艶やかな声音は、まるで閨房での睦言を連想させる色香があって頗る不快だ。反撃覚悟で天元の額に額を搗ち当ててやるがビクともしない。
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