第4章 【前】悲鳴嶼&宇随(鬼滅/最強最弱な隊士)
今の俺に此の手の陽の気は毒だ。しかもじわりじわりと侵す神経毒みたいな厭わしさがある。何故なら、軟弱な隊士達の相手をして鬱憤が溜まりに溜まった風柱殿が強者との鍛錬を所望した結果、巡り巡って俺に御鉢が回ってしまい、つい先程まで命の削り合いをしていたもんだから、眠いし疲れている。
何の罪もない出会ったばかりの竈門には悪いが、手の甲で風を切るように手首を振って袖にした。これ以上、当てられたくないという非常に格好の付かない理由だったが……後生だから許してくれ。
「あの、ひとついいですか?」
「あ? なんだよ……」
「貴方から宇髄さんと同じ『匂い』がするんですが、貴方が名前さんでは――」
竈門がその名前を出した瞬間、怒りのあまりに全集中の呼吸が一瞬だけ乱れた。掌の中の湯呑が握力で砕け散るのを合図に腰を浮かせ、足袋のまま一気に竈門の眼前まで迫る。
「っ――!?」
幼い顔立ちが驚きに歪むのも構わず、口元を覆うように顋を鷲掴む。柔らかい頬肉が形状を維持出来ず、頬骨側へ押し上げられている様に少しだけ罪悪感が湧くが、そもそも軽率なお前が悪いんだ。済まないな、ちと苦しいぞ。
「その名を俺の前で口にするな」
「んーっ!」
「理由は問うな。疑問も抱くな。ただ頷け」
「っ……」
これまた鎹鴉の報告によれば、竈門は実際の臭気以外にも鼻が利くらしいから、俺が本気で激昂している事が『匂い』とやらで直ぐに分かったのだろう。理不尽な恫喝に、青ざめた顔で何度も頷く。
「よし。手離すぞ」
「……ぶはぁ!」
宇髄天元が竈門に何を吹き込んだのかも知らないが、鼻が利くというだけで関係性を見透かされるんじゃ、たまったもんじゃない。遥か昔に『宇髄一族』とは縁を切っている身。今更他人に引っ掻き回されたくなかった。
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