第3章 阿散井恋次&京楽春水(BLEACH/酒宴の悪戯)
「名前、なにビビってんだよ」
ふと、耳に違和感を覚えて視線を下げると、恋次の節くれだった二本の長い指が耳朶をやんわりと挟み込んでいた。親指の腹と人差し指で、一際柔らかな部分をこしこしと擦る。肩を力一杯抱き寄せたその掌で俺の耳を触る仕草は、琴の弦を掻き撫でるみたいに些か強くいながらも繊細で。
「やわらけェな」
「み、みみたぶなんて、皆そんなもんでしょ」
「そうかァ? 俺のはそうでもねェけどな」
俺の動揺を敏感に拾い上げた恋次は、死覇装から露出した胸元が一層赤くなるまで苦しげに息を詰め、喉の奥でくつくつと嗤いながら否定の言葉を紡ぐ。俺が頬を引き攣らせたのも束の間、今度は顋から輪郭を無意味につうっとなぞった。
「なっ……やめろっ」
「なにもしてねェよ」
「してるだろっ」
「なにを?」
「……さ、触ってるだろ」
「どこを?」
「み、耳とか……」
「どうやって?」
「~~~~!」
わざとらしいくらい語尾が跳ねる言葉たちは、尾骶骨の辺りがぞくぞくするくらい低い声で紡がれるくせに、語気そのものは落ち着いていて妙に優しげなので気味が悪い。
それにつけても先程から愛撫が過ぎている自覚が本人にはあるのだろうか。いくら座敷で千鳥足を踏む面々が翌日になって記憶の一切合切を手離すとしても、知り合いの面前で恥をかかされてちゃ精神的に保たない。
こんなとき決まって口笛を吹きながら囃し立ててくる松本副隊長が欠席しているらしいのは不幸中の幸いだけれど、他の席官の視線も全力で気にすべきだということをコイツは理解しているのだろうか。
***
「酌しろ、酌ッ!」
「う、うス」
恋次から無理やり逃れた俺は、斑目三席の猪口に熱燗を注いでいた。さっきより事態が好転したのかと問われて素直に是とは言えないが、少なくとも恋次に絡まれているよりは気楽だった。
斑目三席は俺の直属の上司だ。自ら希望して十一番隊へ入隊した俺に気概を感じたらしい三席は、俺を鍛練の場に召喚しては手ずから稽古をつけてくださった。
当時まだ平隊士だった自分と三席の間には天と地ほども力の差が開いていたのに、彼は手加減という言葉を忘れて血沸き肉踊るような激しい斬り合いを求めた。
死を覚悟した事は一度きりではなかったが、無事にこうして生きていることが成長の証なのだろう。第八席を頂戴できているのは三席のお陰と言っても過言ではない。
→