第2章 ライナー・ブラウン(進撃/疲れない恋の仕方)
そして輪を掛けて酷かったのがジャンの時だ。一度、名前を出した途端に頬をぶたれた事がある。ライナーの力でぶたれると視界が定まらないわ顎が痺れるわ頭痛が走るわ、張られたのは頬なのに鼻血が出た瞬間にはあまりに吃驚して泣いた。涙を見たライナーは直ぐさま我に返って低頭の姿勢で何度も何度も謝ったし、赤く腫れた頬を撫でたし、鼻頭をつまんで鼻血を止めてくれた。
俺はその頃からライナーが気になっていたから、盲目で、最初で最後の暴力を許すも何もなかったのだけど、後日、その一件を知ってしまったジャンのライナーに対する態度が一気に硬化してしまったのはまた別の話。だから、ライナーのスキンシップに根負けして好意を引き摺り出された挙げ句に、なし崩し的にお付き合いを始めた時には……それはそれは大変だった。
「お前は目を離すとすぐこれだな」
「ただの世間話じゃんか」
「どうだか」
「信用してくれよ」
「いつだって是正を信用してるさ。でもこうやって、その信用を裏切ってくるだろ」
「……」
――そんな、純粋にすきだった気持ちが屈折を始めて早数ヵ月。きっとライナーも俺も恋人をするのに疲れている。それだとしたって袂を別つ決定的な台詞を口にしないのは、ぐにゃぐにゃに曲がった気持ちだろうと所詮は愛情に他ならないからだ。
きっとライナーは不安なんだろう。どうしていいか分からないんだろう。俺がしっかり操を立てているのかどうかを無闇に考えて自信を失っているのだろう。顔や体躯に似合わず繊細な内面の持ち主で、鬱陶しくて、でも愛しい。
そのすきって気持ちがちゃんと伝わっていないのは一重に俺の力不足だった。信頼を得ていないのもそうだと言える。鴛鴦夫婦と揶揄されているフランツとハンナに比べたら……そりゃ淡白な方だと思うけど、こうして抱き締められた時には体重を預けて甘えているつもりだし、手を握られた時には握り返しているのに、何が彼の焦燥を駆り立てているんだろ。
(……でも)
圧倒的に触れ合いが少ないのを自覚しているんだから、もっと甘えていいのかもしれない。頭に置かれた手指をそっと握っただけでこんな風にぎゅうっと抱き締めてくるんだから、恋人間に必要とされる潤いってやつが枯渇しているのだろう、多分。なんだか勝手にライナーばかりに非がある気がしてたけど……俺もヤな奴だったかも。
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