第18章 【拾伍】炭治郎&炎&水(鬼滅/最強最弱な隊士)
彼の店は、ある文豪が自身の短編に登場させた事で一躍名を馳せた老舗である。評判を聞き付けた姐さんに誘われて赴いた際、ご主人の所作を無意識に観察して記憶の底に沈めていた事が、この期に及んで活きるとは露ほども思っていなかった。
(……尤も、本来の瑞祥善哉は白玉団子な上に甘露煮も入ってないんだよな。今回だけは俺の『経験上旨いだろう』ものを入れる訳だが、『空蝉』に頼り切らない料理が一体どうなる事やら)
強めに練り上げた上新粉の餅を蒸す過程に於いて、蒸気の温度と時間を精密に管理し、澱粉の糊化を最適値へと導く。然れば噛んだ時に心地良く反撥する程良い腰が生まれ、姐さんの仕立てた滑らかな餡子とも理想的な親和性を示す筈だ。
そこへ、三ヶ月もの貯蔵期間を経て、内部まで糖分が均質に浸透した栗と薩摩芋を贅沢に添える。煮たてたばかりの刺々しい甘味には無い、不可逆な要素が醸し出した円熟の甘味が不味いわけがない。舌鼓を打って頂ける自信が有るが、果たして。
「……それはそれとして、姐さんなら『皆で食べた方が美味しい』って仰りそうだなぁ。……やっぱ増やすかぁ」
「わぁ! 良い匂いですね!」
「ッ?!」
──不意に漏れ出た独り言は、静寂を包む朗らかな声によって遮られた。内臓が収縮するような喫驚に肩が跳ねる経験は初めてである。声が掛かるまで密接距離に踏み込まれていると気付けないとは。思索に耽っていたとはいえ、由々しき事態だ。
元々、索敵技術に関しては『里で一等不出来』との烙印を押された身で、ともすれば堅気の人間より劣るほど鈍い自覚は有ったけれど。こうも容易く間合いを侵食されてしまうとは、剣士を生業とする身分で如何なものだろうか。貧血による意識の混濁……という自己合理化を弄したくなる程である。
「お汁粉ですか? 手伝えることはありますか?」
一片の邪気も介在しない声の方を振り返れば、無垢に煌めく瞳を小鍋に落としていた竈門が顔を上げたところであった。ひとたびその紅鶸の双眸に射抜かれてしまえば「これは善哉だ」と厳密な定義を説く事も「何故また戻ってきたんだ」と指摘する事も無意味に思えてしまう。
返す眼差しが自然と和らいでしまう事も、声音に多分な慈悲を含ませてしまう事も、彼奴の纏う気魄の緩慢さに同調せしめられている結果に他ならないのだろう。
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