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日章旗のデューズオフ

第17章 【拾肆】宇髄(鬼滅/最強最弱な隊士)



訳も分からず遅疑逡巡して狼狽えている間にも、妖しさを秘めた金環の双眸に射抜かれているのかと思うと、浅茅が風に漣を立てるように心が揺り動かされる。見舞いの品として抱えてきた蓬餅の折箱が、風呂敷の中で砕けそうになるくらい肩肘が強張っていくのが分かる。
──何かが可怪しい。俺は今、一体何をしているのだろう。何を恐れているのだろう。目の前のこの御方は、妻子想いで心優しい隠居人ではないか。 だというのに、どうしてこれほどまでに彼を畏怖し、喉を焼く塩素の匂いに肺腑を圧迫させているのだろう。
「きみはここでまちなさい」
槇寿郎様の姿形を借りた『何か』が俺の左肩を鷲掴む。焔の化身たるに相応しい熱く迸る体温が、絶たれた経脈に滑り込んで忽ち痛みを引き摺り出す。峨嵋刺が刺さる場所なのだから触られて痛むのは当然だ。反射的に半身を引こうとするが『何か』は俺を頑なに離さない。寧ろ俺の肋を抱いて更に距離を詰める。
「キミはここでマちなさい」
残曳に抱き竦められて初めて、塩素の匂いと『何か』の匂いが結び付く。奥方様の死を恐れる男が振り撒く静謐な匂い。八苦を拒絶し、死生有命を定めた神仏に唾を吐き、薪尽火滅を否定し続けた先には存在し得ない、『道理』の匂い。
有用で劇的な死に様に対して強烈な憧憬を抱く俺なりの、道理を否定して道理を肯定し、道理有るものは不道理あれかしと願う俺なりの、『空』には『空』なりの、『道理』に抗う賢いやり方が有るのだと──漸く思い出した。
『空』は空虚という意味ではない。『空』は空洞という意味ではない。『空』とは何者にも成り得ず、何者にも成り得る、無限の可能性を秘めた『智慧の境地』に他ならない。
「キミハ ココデ マチナサイ」
──ゆめうつつが反転する。鼻腔の奥を刺す塩素の匂いが、忽ち焦熱の爛れた臭いに支配され──秋茜が群れで飛来する乾風の青空が、忽ち颱風の如く荒れ狂い──心和らぐ甘い炊煙が、忽ち粛殺の霞へと挿げ換わる──。
(行冥さん、俺……、貴方が守ってきた『俺』を、守れなかった)

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