
第11章 【捌】悲鳴嶼&宇髄(鬼滅/最強最弱な隊士)

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――斯く言う俺の額当ても、嘗てはド派手だったりした。陰陽和合や還精補脳の意味も目的も分からないほど無垢で幼かった当時は天元に心酔している時期であり、とにかく少しでも気を惹きたい一心で、後先など考えずに行動していた。
忍は決して目立つべからずという訓えが頭から消え失せ、量産品のひとつに過ぎない錻の板だったそれを、誰に断りを入れるでもなくド派手に加工してしまう程には。
当然、張眉怒目の形相を呈した親父に陽の射さない地下懲罰牢へ放り込まれた。石を嵌めた理由を折檻にて自白させられ、事情を知らないまま呼び出しを受けた天元と共に滾々と咎められる事になるのだが、そこまで事態が悪化して漸く己の軽率さを理解する。
天元も天元で、愚弟のせいで降り掛かった火の粉など我関せずと払い退ければ良いものを、言葉の暴力からも肉体の暴力からも楯と成って俺を庇うのだから居た堪れない。
元の輪郭の倍は腫れると予見出来るほど思い切り眼窩を殴り付けられてしまったのに、喚きも呻きもせず淡々と「兄である俺の薫陶が至らず申し訳ありません」と俺の代わりに頭を下げ続けた。
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そうして親父の前で殊勝な態度を取った後、二人きりになった途端に「額当て、お揃いにしてくれたんだな!」と喜色満面で眦を緩めた。薄暗い懲罰牢の中でもはっきり目視出来るほど、顔の左半分を熟れた山葡萄の実のように青黒く変色させているのに、心の底から俺の行動が愛おしい……といった表情をする。
根が陰鬱な男ではあったが、俺の前では常に明るくて笑顔を絶やさない印象だった。形が良くて色素の薄い唇が俺を叱りつけた事など終ぞなく、貴重な染料と同じ色味を持つ瞳が俺を睨め付けた事など終ぞなかった。
憧れの男から特別優しくされて嫌な気持ちなどしない筈が、この時ばかりは違った。積もるものが有ったわけじゃないし切っ掛けが有ったわけでもない。ただ、ふと疑念を抱いてしまったのだ、要らない疑念を。顔面が物理的に青く腫れ上がる以上の何を味わえば、此奴は救いの手を止めるのかと。
本日こそ天赦日也と吹聴するが如く、呵々と笑って全てを肯定して全てを庇って、全てを守り抜こうとしてしまう此奴の思考回路に理解を示せなくなったのは、この瞬間からだった。奴がどのように笑っていたのかを忘れてしまうほど敬遠し始めたのも、この瞬間からだ。
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