
第11章 【捌】悲鳴嶼&宇髄(鬼滅/最強最弱な隊士)

(今まで、何の為に……)
胸中へ蟠った暗澹たる不快感が拭えず素直に頷けない。漠然とした反発心が歯痒さへ挿げ替わって、胃の腑の内で暴れ狂うが故に嗚咽が込み上げる。震える唇は餌を求める鯉の如きを繰り返し、引き攣る喉は粘膜を潤そうと唾液を嚥下しようとするものの、無様に空回り。
「……、し、……、っ」
ひとたび「承知しました」と答えれば良かった。何時ものように疑問を持たず、抗わず、了承を示せばそれで良かった。不興を買いたくないんだろ、なら頷いてしまえ、それなのに、溢れる自我が止められない、悲鳴嶼を詰めたい、でも出来ない、感情が千々に乱れる、聲が、出ない。
***
――八年前。当時の悲鳴嶼は鬼殺隊の岩柱に籍を置く傍ら、近隣の寺へ足繁く通い詰め、心身を清めながら慎み斎む生活を送る身であった。
なぜ入門に至ったのかを改めて問うた事は無いが、鬼に掻き乱された非業に対する禊が主な理由だろう。或いは潜在した有り余る膂力と、子ども相手に殊更疑り深くなってしまった精神を律する為に必要だったのかもしれない。
そんな時分の彼へ預けられたのが俺である。お館様の手引きによって再会を果たした悲鳴嶼は、気配で俺だと察した瞬間、酷く狼狽え、縷縷と涙を流した事を覚えている。
咲き誇る藤の下、梨花一枝春帯雨――美人が思い悩んで悲しむ風情を表現した詩だ――とは縁遠い相貌の大男が泣いているのに、それが少し当て嵌る気がして、不思議な心地に陥ったりもした。
「あの村で、救い出した子か」
それが第一声だった。悲鳴嶼が膝を折ったところで旋毛の位置が平行しないほど体格差が有ったが、恐怖と緊張で肩を竦める俺へ向かって、身に纏う白檀の匂いが濃密に香る限界まで上半身を屈めた彼は、月白の半衿が縫い付いた半襦袢より逞しい胸筋を覗かせながら、腕を開いてみせた。
「可哀想に……」
そのまま優しく抱き寄せられて、怖々とした手付きで頭を撫でられた。嫌悪する他人の温もりに全身を包まれれば気分を害するかと思ったのに、巨躯の奥底から響く力強い鼓動が、重なる胸を通して伝播した途端、寧ろ紛れて、忽ち警戒心が緩んだ。
どく、どく、どく。規則正しい音色と同調すればするほど、失った血の気が蘇り、身体が火照っていく。悲鳴嶼の生きる証が俺の生きる証へ成り換わるに従って、凪いでいた筈の心に漣が生じていき、頑なだった意地がほぐれていくのが分かった。
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