第1章 デートの後で…
言いながら、またあの群れの中をかき分けて鎌先くんはおばちゃんの元へとずんずん進んでいった。ものの数分で、私の元へ帰ってきた鎌先くんの手には、少しつぶれたあんぱんとサンドイッチ。
「ほら」
「えっ、あ、ありがとう!」
パンを受け取って、お礼を言うと鎌先くんは歯を見せて笑った。何の他意もない笑顔で、もしかするとその瞬間に、私は恋に落ちてしまっていたのかもしれない。
「あ、お金! 鎌先くん、ありがとうね!」
「お、おう。いいってことよ」
パンの代金を手渡すと、鎌先くんはすぐその場を去って行ってしまった。もっとちゃんとお礼を言いたかったな、なんて思いながら教室へ戻った。
その日から、私の耳は鎌先くんの声をよく拾うようになった。
体育の時間、昼休み、実習の時間。
廊下で賑やかに話す彼の声を聞くたびに、私の目は自然と鎌先くんの姿を追っていた。
クラスも、部活も、委員会さえ違ったから、彼との接点はほとんど無かった。同じクラスのバレー部員の笹谷くんと茂庭くんが、私と鎌先くんを繋ぐただ唯一の接点だった。
笹谷くん達を介して、少しずつ鎌先くんと話すようになったけれど、それ以上彼に近づけるわけでもなく、時間だけが過ぎて行った。
新しい生活に慣れてきた頃、私にとって苦行ともいえる行事がやってきた。
球技大会。クラスの親睦を深めるため、だとかなんとか。そんな名目で、中学の時もあったような気がする。
私は運動が得意な方では無かったから、こういう行事には胃が痛くなるくらい、苦手意識がある。
「団結」「勝利」そんな言葉を掲げてみんな気合を入れるものだから、胃痛はさらに酷くなっていった。
幸い中学の時とは違って、女子生徒の少ない伊達工では、女子は応援をする時間の方が長いみたいだった。
それでも学年対抗という形で、女子も競技はあって。体調不良で休もうかと企んだけれど、ただでさえ少ない女子が減っては困ると、それも阻止されてしまった。
「私達もカバーするからさ、一緒に頑張ろう?」
「でも、私本当に運動音痴で」
「大丈夫だよ、出来る範囲で頑張ってくれたらいいから」
そう言って、他のクラスの女子は私に球技大会に参加するよう促してきた。中学の時も、似たような言葉をかけてもらったことがある。