第4章 12月16日【あと8日】
「椎名さん?どうした?俺の後ろに何か?」
「もう、帰って」
これが自分の声なのか、と思うくらいにそれは冷めていて低い声だった。
「疲れたから、帰って。お願い」
早く。
早く彼の所に。
暗い闇夜の中に混じりきらない彼のつけた仮面だけが浮いて見える。それは、すごく孤独に見えた。
「わ、分かった。じゃあ、また明日」
森下先生が逃げるようにして駅の方に走っていくのと同時に、私は彼に駆け寄った。
「ねえ待って、逃げないで」
私が近づくと、同じだけ後ろに下がってしまう。今にも闇の中に溶け込んでしまいそうで怖い。
「お願い、逃げないで……。ごめん、ごめんね」
私が彼を苦しめていたのなら、全て私に責任がある。
「どうして謝るんですか?どうして理由もなく謝るんですか?意味が分からないって俺に怒鳴ればいいじゃないですか。また、全部自分の責任ですか?もう……もう嫌なんだよっ!!」
ここまで感情的に言葉を吐く彼を見るのは初めてだ。胸が痛い。どうしてかな。どれだけ考えても分からない。自分の事なのに。
まだ私から逃げようとする彼の腕を掴む。
「離してっ、離してくださいっ……!」
彼の腕は小刻みに震えていた。
どうしてこんなにも震えているのだろう。
今ならいける。
そう思って、彼の掴んだ腕を自分の方に引き寄せて抱きしめる。でも、さすがに支えきれずにそのまま後ろに尻餅をついてしまう。
「ごめん。私が辛い思いをさせたんだよね?ごめん。だから、泣かないで」
彼の頭をぎゅっと抱きしめる。
彼の震えが止まりますように。
これ以上彼が傷つきませんように。
「泣いてなんかいないっ……」
違う。
違うんだ。
「泣くって涙を流すことじゃない。心が傷ついて悲鳴をあげる時。それが本当の泣くってことなの。涙は飾りにすぎない。心が傷ついて痛くて辛いから耐えきれずに人は涙を流すの。だから、今のあなたは耐えているだけで、泣いてる。ずっと泣いてる」
そして彼は耐えきれずに涙を流した。
それを痛々しく思うのと同時に、何とも言えない感情が心の中に流れてきた。
涙が出そうになるほど熱くて、温かい。
この想いはなんだろうか。