第1章 突然に現る
「おかえりなさい。あなたを待っていました」
ああ、武道を習っておけばよかった。
この時ほどそう思ったことがあっただろうか。
残業からなんとか逃れて帰宅するなり、私の目に映りこんだのは、黒いフード付きのコートのようなものを着た人だった。フードと顔につけている白い仮面のせいで顔が見えない。顔を上から半分ほどを隠す白い仮面は、黒いコートによく映えていた。そして、それが何とも言えない怪しさを醸し出していた。
人は思わぬことに遭遇した時、逆に冷静になることもあるらしい。それが今、実証された。この身をもって。とりあえずは相手と今私が置かれた立場を観察して考える程の余裕はまだある。
いやでもまだここが私の部屋だと決まった訳では無い。私が住んでるのマンションだから、部屋を間違えた可能性だってまだ残っている。
バタンとドアを閉め、表札を確認する。
「………合ってる」
ドアを開ける。
「あなたですよ、椎名様」
落ち着け、私。
そう、落ち着いて……。
深呼吸……吸って〜……吐いて〜……。
吸って~…………
「出てけ変態!ストーカー!3秒時間をあげるわ!いーちぃ、にーぃ、さーん!」
「え、あ、あのっ、まっ、ちょっ」
「はい、時間切れー。残念でしたー。はい、110ばーん」
「ま、待ってください!俺は怪しい者なんかじゃ」
「怪しい人が、俺怪しいんで通報しないでください、なんて言いますかー?いいえ、言いませーん!」
「だから怪しく」
「もう通話ボタン押しちゃいますねー?さん、にー、いー」
「俺は死神なんです!!!」
「はあ?」
どうやら、ストーカーや変態よりもタチが悪いようです。