【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第2章 君のボールに恋してる
朔弥はもう何度聞いたかも覚えていられないそのセリフを、毎度変わらない仕草と声で受け流す。
「万事順調」
肩をすくめて唇に弧を描くと、それをじっと見ていた牛島が、小さく溜めた息を吐いた。答えになっていない、と無言で責められているような気分だ。
――あの事故のあと担架で救護室へ運ばれて、そのまま救急搬送された先の病院で診断されたのは「左肘上腕骨外顆骨折」を伴う「左肘内側側副靭帯断裂」。
強く打ったと思われた頭に異常がなかったことは不幸中の幸いと恰幅の良い医師に言われたが、靭帯の断裂というワードが、選手生命を断つほどの事態であるという事実として、朔弥に突き刺さった。
診察室の前のベンチで、呆けたように座り込む。付き添ってくれたコーチの顔が青い。その横顔を見て、もしかしたら、いや、しなくても、これはもう二度とコートに立てないんじゃないか、と目の前が真っ暗になった時、試合を終え、看護師から受けた注意に耳も貸さず走り寄ってきた監督と、その後ろで拳を握って近づく牛島の姿が視界に飛び込んだのだ――。
ずいぶん昔のことのようでまだ二年も経っていないその記憶を辿って、やれやれ、と朔弥は頭を掻く。そして膝を折り、マットの上に胡座をかいた牛島に目線を合わせた。
今、彼はあの時と同じ目をしている。牛島のことをすべて知り得ているわけではないが、それにしたってここまで顕著だと「らしくなさ」くらいはわかる。
今日は随分とナーバスになっているらしい。人一倍落ち着きがあって淡々としたところのある奴だからうっかり忘れそうになるけれど、そういや若利も同い年の高校生なんだったわ、と朔弥は牛島の肩に重くのしかかる重圧を思って口をつぐむ。
しかし、傍目にはわかりにくいこの大エースの情緒不安定さに気づいてしまったからには、放っておくことなどできないよな、と眉尻を下げた。
「何度も言うけど、あの事故は完全に俺の視野の狭さが原因だった。セッターとして未熟だったから起きた事故だ。それに、この肘は見事な再建手術が大成功して前よりパワーアップしてる途中なんだよ」
「しかし、」
「シカシもカカシもない!」
ビリっと紫電を放つ勢いで言葉を遮る。ぐ、と唇を曲げた牛島に、今度は静かな水面のような声色で断言した。