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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】


「おまえのところはどうなんだ」
「うち?」
「ああ。おまえは料理が上手い、親もそうなのか?」
 出来立てのカツ丼に舌鼓を打ちながら、牛島は何気なく聞いてみた。ちゅるんと飴色に染まった玉ねぎを吸った朔弥は、うちは、と微かに黙り込む。朔弥は滅多に家族のことを話さない。それはなんとなくわかっていたが、この機会に少しは知ることができるかもしれない、と牛島は考える。知りたい、と思った。
「……親が料理を作るってことが殆ど、いや、全くなかったから」
「そうなのか」
「うん……家族で食事するのも稀だし」
 そう言ったきり、口を閉ざす。これ以上この会話を続ける気はない、と言わんばかりに朔弥は吸い物の椀に口を付け、静かに牛島を拒絶した。

 最低限のシンプルな家具が理路整然と置かれた牛島の部屋に、ぺらり、と薄い紙を捲る音が響く。バレーボールの専門誌、その最新号を膝に乗せてページに指をかける牛島に、濡れた髪を拭きながら朔弥はぽつりと呟いた。
「お袋さんたち、雑煮喜んでくれて良かった」
「ああ」
「明日の朝飯はこっちの雑煮出してくれるって、すごい楽しみ」
「ああ、そうだな」
 バスタオルの陰からどことなくぼんやりとした返事をする牛島の姿を覗き見て、風呂上がりの朔弥は苦笑した。牛島が手にした雑誌は上下逆を向いているが、彼はそのことに気づかない。考え事をしているときの癖なのか、一つのことに集中している彼は他の何も目に入らないようだ。
 明日の朝、早い時間に出発する予定なので荷支度はすでに済ませてある。あとは寝るだけ、という状態で朔弥は牛島の部屋に押しかけた。昼食の際、微妙な空気になってしまったのはひとえに自分のせいだ、そしてその微妙な空気のままでは眠るに眠れない、と朔弥は溜めた息を吐き出した。
「……ごめん、若利」
「ああ……、?」
「俺の、親のこととか……まあ、家のこと、さ」
「……ああ」
「話さなくて、ごめん」
 やっと顔を上げた牛島に、眉尻を下げた朔弥が頭からタオルを退けて緩やかに笑みを浮かべる。困ったような、悲しいような。――どこか傷付けた深いところを隠す、憂いを漂わせたような。
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