【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】
随分と気に入られているようだが、病院でなにがあったんだ? と不思議そうに頭を傾げる牛島に、なにもしてないけどなあ、と朔弥も首を捻る。
ただ、そのとき朔弥が京都の出身であるという話をしたのを二人は覚えていてくれたようだ。今回のために事前に用意してくれた食材、その中にパウチされたニシンの甘露煮や白味噌までもが入っており、朔弥は胸が熱くなった。
「ほんと、何から何まで用意してもらって……なあ、やっぱ俺、自分の分くらい金払うよ?」
「それはいらないと何度も言った」
「いや、だってお節まで準備してくれてる……しかも高級そう」
「手間はかかってない、通信販売で購入したものだ、と言っていただろう。俺も食うんだから、ついでだ」
宿代が浮いただけでもありがたいというのに、ここまで至れり尽くせりだと申し訳ない気持ちで身体が爆発しそうだ。頑として金の受け取りを拒否する牛島家の人々を前に朔弥はうんうん唸ったあと、ならば年越し蕎麦と雑煮を作らせてくれ、と頼んだのだ。
「いやあ、まさか雑煮を残しておいて欲しいと言われてしまうとは思わなかったんだけどね」
「京風の雑煮、というものに興味を引かれたようだな」
「あんまり自信はないんだけど……頑張りマス」
「よろしく頼む」
しばらくして。できたよー、という声に牛島ははっと顔を上げる。炬燵に入っているうちに、ついうたた寝をしてしまったようだ。でかい図体でソワソワ周りをうろつかれると危ないから、若利はあっちいってて! と朔弥に台所から追い出されて、まだ一時間と経っていない。
見るともなしにつけていたテレビを切り、再びキッチンへ向かう。出汁の香りが鼻腔をくすぐる。ぐう、と即座に腹の虫が鳴いて空腹を伝えた。
「箸、箸は……どこだろ、ああでも先に台拭きで机を拭いて……あ、若利! お箸どこ、」
「……その格好」
「あっ、ごめん勝手に借りた、蕎麦が跳ねそうだったから……まずかった?」
「いや、まずくない」
白い割烹着は母がいつも付けていたものだ。少し袖の足りないそれに身を包んだ朔弥は、まるで老舗の小料理屋にいてもおかしくないほど絵になっていた。写真を一枚、と頼みたくなったが、昨年のクリスマスパーティーやいつぞやの文化祭で女装を強要され怒り心頭に発する彼を思い出し、牛島はその想いに蓋をした。
