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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第4章 一富士二羽ノ【正月番外編】


 かこーん、とししおどしの音が静かな縁側に響く。すっかり葉は落ちてしまっているが、秋にはさぞ美しい紅葉が見られるんだろうなあ、と朔弥がぼんやりと庭を眺めていると、入るぞ、と声がかけられ襖が開く。
「そろそろ夕飯の準備をしよう、と思うんだが」
「あ、うん。年越し蕎麦作ろうか」
 よいしょ、と立ち上がり縁側から離れる。そんな薄着で外にいたら風邪をひくぞ、と眉をしかめた牛島に、あんまりにも綺麗だったからさ、と答えて朔弥はガラスの引き戸を閉めた。

 あの日、牛島から出された「うちに来ないか」という提案を、朔弥は一度丁重に断ったのだが、家の者は親族たちと温泉宿で年を越すから遠慮はいらん、と一蹴されてしまった。君は温泉宿へ行かなくても良いの? とやんわり抵抗してみたが、移動が億劫な上に二日しかない休みを遠縁の親戚たちの質問責めで過ごすのは正直面倒だったからいいんだ、と返された。
「若利って、意外と……」
「なんだ」
「……や、なんでも。さてと、まずは」
 ピカピカに磨き上げられたキッチンをなるべく汚すことのないように、朔弥は鍋に水を入れ火にかける。とりあえず調理道具がどこにあるのかさっぱりわからないので、横に立っている牛島にあれこれと指示を出した。
「まな板と包丁出して、あと菜箸も。雪平鍋とかある? 二人分のお出汁作るくらいの」
「本当に料理ができるんだな」
「まあ、蕎麦を茹でてネギ切ってつゆ作る程度なら。似たようなこと、家庭科でやったよね?」
「……ほとんど同じ班の奴らがやっていた。覚えていない」
 手際良く万能ネギを水洗いする手元を興味深く見ていた牛島に、今の時代は男も料理ができないとモテないぞ、と朔弥は白い歯を見せた。

 この家に着いたとき、入れ違いで家を出る準備をしていた牛島の母と祖母に挨拶はできた。はじめまして、ではない。一年の夏、靭帯の再建手術を終え入院していたときに、一度だけ彼女たちは見舞いに来てくれた。
「お袋さんたち、お元気そうで何よりだ」
「ああ。おまえをうちに呼ぶと言ったとき、悔しがっていた」
「えっ、なんで?」
「一緒に年を越したかったようだ。息子の俺が温泉に同行しないと知ったときは、特になにも言わなかったのにな」
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