【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第2章 君のボールに恋してる
「毎年、この紅白戦の一発目ってのが一番波乱に満ちて面白いんですよねえ。瀬戸口先生もそう思うでしょ?」
「ははは、確かに。ろくに話をしたこともないような連中で、いきなりチームを組まされる訳やからねぇ。おたくのコンセプトである統率力が何回目で発揮されるやら」
「お手柔らかに頼みますよ」
ベンチにずらりと並び座る各校の監督たちが異様な威圧感を周囲に撒き散す中、試合開始の笛が鳴らされる。
そして、その試合で初めて牛島は朔弥の上げたトスを打った。
一見すると、なんの変哲もない普通のトスだった。山なりの高いトス。良い位置に上げたな、と少しくらいは感心したが、その程度だった。
ボールに触れる、瞬間までは。
「おい」
「はい?」
練習後、体育館の隅に寄りTシャツの裾で汗を拭う朔弥に声をかけた牛島に、声をかけられた本人よりも周りがざわりと騒めいた。
白鳥沢のウシワカ。彼の異名と顔はすでにバレーをするものの間では全国区レベルで知れ渡っている。
蒼鷺の紀伊が白鳥沢の牛島に絡まれてるぞ、と固唾を飲むギャラリーの好奇の目など我関せずで、牛島は朔弥をじっと見据える。
実のところ、注目の的となるその理由が朔弥の側にもあったので、蒼鷺の選手たちはサッと顔を青褪めさせながらも朔弥と牛島の間に割り込んだ。
紀伊さん、あなた一体何やらかしたんですかっ? と焦りを帯びた小声で後輩に袖を引かれた朔弥は、小さく首を傾げて仲間たちの後ろから牛島を見上げる。
高さは頭一つ分くらい、重量も見るからに差のある二人の主将。
「ええ、と。牛島くん? だよねえ……俺、何かした?」
「いや。さっきのトス、あれをもう一度上げてくれないか」
とす、と言葉を覚えたての幼児のように朔弥は復唱する。しん、といつの間にか静まり返った体育館で、いいよ、とあっさりと承諾した朔弥の声が響いたと同時に、まるで止まっていた時が急に動き出したみたいにどよめきが起きた。
これまで他校生に牛島がトスの要求をすることなど、いや、それどころか自ら進んで話しかける姿でさえ見たことがなかった。どちらかというと、牛島自身は絡まれる側の人間だったからだ。それなのに、と初めて目にした珍現象に、白鳥沢の選手たちなんかは逆にもう声も出ない。