第2章 夏の話
「恵利姉ちゃん?」
ぽかんと口をあけて、目を丸くした勇利の頭を撫でてから、愛犬を抱き込んだまま寝転がってる男へ声を掛ける。
「ヴィクトルー、起きて、ご飯持ってきたよ」
「んー、エリ?」
「そうですよー、ご指名頂いた恵利です。ほらご飯冷めないうちに食べよう?起きて、ね?」
寝ぼけ眼でこちらを見てくる彼は、しばらくして、勇利と同じようにぽかんと口を開けて私の顔をじっと見つめてきた。
「なによその顔ー?勇利もヴィクトルも私と一緒じゃ嫌だっていうの?」
あざとく首を傾げて問いかけると、最愛の弟は嬉しそうにふにゃりと笑い、もちろんいいよ!ヴィクトルもいいよね?と興奮気味に未だにぼんやりしているコーチへ声を掛けた。
「あ、うん…もちろんだよ、一緒に食べよう」
今日も美味しそうだね。
丼を手に取って箸を器用に操りカツを口に運ぶリビングレジェンドは、どこか心ここに在らずといった面持ちであったが彼のことを考えるのはやめにして夕飯に集中した。
ただ一つだけ思うのは、勇利が心配するからさっさと調子を取り戻してほしいという事だった。
一緒に夕飯を食べるとは言ったものの、たいして会話をすること無くさっさと食べ終えた私は使った食器を洗って片付けてから旅館の玄関へと向かった。
うちは日帰り温泉もしているので、受付もまだまだ賑わっていた。
嬉しい事だけど、これもまたヴィクトル効果だというのが素直に喜べない。
お客さんもまばらになり、ひと段落した頃、ひょっこり勇利が現れて「ちょっと走ってくる」とスニーカーを履いたものだから私は思わず彼を引き止めた。
「ええ?勇利、今日オーバーワークで練習早めに切り上げたんでしょ?」
「あー、うん、いや、確かにそれもあるんだけど、そんなにオーバーワークだった訳じゃないんだ」
「どういうこと?」
怪訝に思って勇利の顔をのぞき込むと、彼は視線をさ迷わせ、やがて観念したらしくぽつぽつと話してくれた。