第32章 〜32〜
朝餉を済ませ、早々に御殿へと戻り文の整理をしていた。
先日まで本能寺の件やその前の戦、諸々で溜まりに溜まった文を前に一つずつ返事を書いていく。
仕事の文への返事を書き終え、紫煙を燻らせながら別の文の束を眺めた。
(良くもまぁ、俺なんかにこんなに文が届くもんだ)
町の女達からの自分への茶の誘いや、一緒に何処かへ出かけて欲しいという誘いの文の数々を見て小さくため息がでた。
(皆いい女だ。優しくて器量のいい女もいるし、隣を歩いて羨まれる美人もいる。)
どんなにいい女でも、この文をくれた中で自分が本気になれる女など一人もいない。
それは彼女達がどうこうよりも、すべて自分の問題だった。
(いつ死ぬかもわからない俺と過ごして何が楽しいんだか……。まあ、あいつらも将来嫁ぐ事が決まってる奴だからな。所詮今が楽しければいいんだろ)
彼女達も自分も、お互いがその場限りの楽しさで充分満足してる。
本気で恋仲になることを望まれても、きっと俺は答えられない。
それを彼女達もわかっているから、そうは言わずに過ごしてくれる。
とはいっても、元より彼女達はその場を楽しめれば良いのだろう。
重なった文の1番上を取り上げ、改めて中身を確認しながら返事を書こうと筆をとった時、外の家臣に声をかけられた。
「秀吉様、客人でございます」
「ん?誰だ?」
今日は特に誰とも約束をしていないはず。
不思議に思い問いかけると、織田家の女中だという。
(織田家の女中……誰だ?)
御殿を出て門まで向かうと、優鞠がやけに緊張した面持ちで立っていた。
名前を呼ぶと、肩を揺らして俺を見た。
(優鞠が俺に用事ってことは……の事か……?)
多少の不安を感じながら、優鞠を御殿へと招き入れた。