第1章 淑女の務め【英】
オーケストラが奏でる旋律に合わせて優雅にステップを踏む私達。周りの貴族達は談笑に花を咲かせている。曲も中盤に差し掛かった頃、私は二人の間の沈黙を破った。
「私、結婚が決まったの。相手は大公の長男よ」
「……そうか、結婚するのか。大公の息子なら、苦労しないだろうな」
「お父様が決めたのよ。私は貴族の娘だからね」
軽い調子で私は答えた。親が決めた相手と結婚するのは珍しいことではない。何てことなく会話を続ける私の笑顔は完璧だ。
「お前は、それでいいのか?」
「ロード・オブ・イングランドの貴方が何を言っているの? アーサーはこの国の象徴みたいなものなのよ?」
くすくすと笑いながら答える私。彼の言わんとすることは理解している。笑っていても虚しいだけなのも解っている。しかし私は、こうするしかないのだ。ここでアーサーにすがったところで、根本的な解決にはならない。彼の立場を考えても、困らせるだけだ。
それでもアーサーは退かなかった。凛々しい眉を上げて意を決したような表情になったあと、そっと口を開く。
「俺は、のことが――」
「それ以上はダメよ」
私はアーサーの口許に人差し指を当てて言葉を遮った。彼はペリドットの双眸で不満を訴える。それを無視して私は言葉を紡ぐ。
「この国のレディとして生まれた定めよ。国そのものである貴方が、簡単に否定できることじゃないわ」
「だが……」
「貴方には貴方の、国としての務めがあるでしょう? 私には淑女の務めがあるだけよ」
諭すように微笑みかけるとアーサーは理解しながらも納得がいかない、という表情をしていた。しかし“国としての務め”には反応したようだった。そう、それが本来歩むべき正しい道なのだ。
「……俺は、お前が幸せに暮らせるような国になる。言っておくがこれはお前のためじゃねぇ、俺のためだからな!」
「それなら私は、レディとしてできることをして、この国の発展に貢献するわ」
私はアーサーを真っ直ぐ見つめる。金髪や瞳がシャンデリアに照らされてキラキラと輝いていた。
「これは、私達の友情の約束よ」
「ああ、約束だ」