第1章 淑女の務め【英】
「ごきげんよう、ロード・オブ・イングランド」
「アーサーでいいといつも言っているだろう、レディ・」
私がドレスのスカートを軽くつまんで会釈すると、その人は砕けた口調で第一声を放った。洗練された上等なコートを一切の隙もなく纏っているアーサーは高貴な空気を醸し出している。実際に彼はこの国で特別な存在だ。国の上層部を除く多くの人々が彼を敬称で呼んでいる。
数年前の晩餐会で言葉を交わしてから、いつの間にか会えば他愛ない会話をするようになっていた。ある程度話すようになってからは、敬語や敬称を断られた。今では気の合う友人だ。
よく知ってみると、その地位や高貴な出で立ちに反して意外と可愛い一面がある。紳士にとってそれが褒め言葉ではないかもしれないが、私にとっては充分な褒め言葉だ。
「挨拶もなしに人の敬称を無下にするなんて、さすがお偉い紳士様は違いますわ」
今日は人が多くの人が集まる大規模な舞踏会。彼の地位を考えると、人前で砕けた口調になるのはのは避けあげた方がいいだろうと考えた結果なのに。こちらの気遣いに気づく様子もないから笑顔で皮肉を言ってやった。
するとアーサーも気づいたようで、頭から冷水をかけられたようにペリドットの瞳を見開いた。きっと考えてもいなかったのだろう。私よりずっと長生きしてたくさんのことを知っているはずなのに、自分への気遣いには疎いのね。何世紀もの間、国同士で攻めて攻められてを繰り返してきたのだから、仕方ないのかもしれない。
「……悪かったよ。けど、俺は気にしねえ。いつも通りにしてろ」
「わかったわよ、アーサー」
私はわざとムスッとした口調で答えた。彼は私の機嫌を損ねたと思ったのか、少しそわそわしている。そういうところも可愛いのよ。
「なあ、踊らねえか?」
白手袋に包まれた、形の整った手が差し出される。視線を上げると、金髪の間から覗くオリーブ色の瞳がしっかりとこちらを見据えていた。その美しさに思わずドキリとしてしまう。
「ええ、そうしましょう」
私は自分にまとわりつく感情を振り払ってその手を取った。アーサーは国、私は人。対等な友達になるのでさえ恐れ多い存在。そもそも生きる時間が違うのだ。それに私は、貴族の娘だから。
軽快なワルツに合わせて私達はステップを踏み始めた。