第1章 淑女の務め【英】
アーサーは躍りをやめて、白手袋を外して小指をこちらに向けてくる。私達は互いの小指を絡ませて軽く振った。約束の合図だ。赤い糸を結わえていなくても、約束という糸で繋がっている。
私の本当の気持ちを誰にも悟られてはいけない。幸いアーサーは、敵意を向けられることに慣れていても、好意を向けられることに慣れていなかった。きっと気づくことはない。これが“この国”のためなのだ。
私は伝えることのない恋心を、心の中にある小さな箱にしまって、鍵をかけた。その箱を心の深淵に置き、鍵は無意識の領域に放り投げる。これでもう大丈夫。
ワルツを踊り終えた後の私達は、いつもと変わらぬ風に過ごした。親しい友人。そこまでが私に許された領域だ。線引きを忘れてはならない。
アーサーはこの先も気の遠くなる程の時を生きていくのだろう。私のいない、未来のその先を。そこで、アーサーに対して敵意を向けるのではなく友好的に接してくれる国に出会えることを私は祈っている。
アーサーだけじゃない、世界中の誰もが手を取り合って笑える未来があるのなら、それは素晴らしいことだ。
だからアーサー、貴方はこんな小娘相手にしていないで、前に進むの。それがきっと、貴方にとって一番幸せなことだから。