第5章 汚れちまった悲しみに
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僕は彼女を初めて見た時、何とも場違いそうな主だと思ったものだよ。
『あらぁ、あなたが歌仙さんなのぉ?ふふっ、まぁ随分と綺麗な人なのねぇ』
越中国の一つに座するこの本丸の主君だった彼女は、その年で37になる女性だった。彼女はよく「もうおばさんよぉ」なんて言っていたが、黒く長い髪を上手に纏めて結い上げ、目元と口に紅を差せば顔によく映え、着物も見事に着こなす品の良い美しい女性だった。
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“『主さんて、お嬢様なの?』
『え?』
『それ僕も思った!だって着物も毎日自分で着てるんだよね?今時そんな習わないんでしょ?』
乱の言葉に、彼女は大きな瞳を丸くさせた。乱に続いて安定も、普段からの疑問をここぞとばかりに口にした。
二人の疑問には、あの長谷部も気になるようでチラチラと気にしている。品は良くないが、僕も洗濯物を畳みながらも聞き耳を立てた。
『そのこと〜?実家ねぇ、料亭やってたのよ〜。なんか古くから伝わるってやつ?私長女だから作法とかお着物とか色々教わってたの』
『何故 家業を継がなかったのですか?』
我慢ならなかったのか、長谷部は近侍の仕事をする手を止め彼女に聞いた。。彼女は煙管の雁首を灰吹きの淵にコンッと軽く叩き付けて灰を落す。
『継がなかったわよ〜。じゃなきゃ審神者やってないわ。今は…妹が継いでるんじゃない?私は才能なかったもの。女将が嫌ならお座敷はどうだって言われて三味線とか踊りも習ったけど、厳しくって。サボってばかりで見切り付けられちゃったの。中途半端に終わっちゃったわぁ』
そう言う間にまた片手で刻み煙草を詰め始め、早々に着火する。しれっと3回目を吸おうとする彼女に僕は顔を顰めて苦言を呈する。
『主…吸いすぎじゃないかい?そんなに吸うと体に毒だよ』
『良いじゃなぁ〜い。ケチケチしなさんな』
忠告も聞かずに彼女は煙管に口付け、喫煙する。暫くすると、赤い唇の間からふうっと煙を吐き出し、漂う煙の動きを楽しむようにして目で追う。目元に疲れを滲ませたその艶っぽく美しい横顔に、図らずもドキリとしてしまう。長谷部なんかはあからさまにぽーっと見蕩れている。分かり易い奴だ。
そして、彼女はまた婀娜っぽく微笑んだ。”